「あぁ、良かった」

結衣は、唇を引き上げて、立ち上がると、一言も発しない、座ったままの玲子を、覗き込む。

「あら、驚いて声も出ない?嘘つきさん」

玲子は、身体を硬直させながら、小刻み震えて、苦しげに喉を、押さえている。

「本当に、裕介と不倫してなかったら、どうしようかと思っちゃった。もうエンジェルトランペットの樹液入れちゃってたし」

紅茶を指差しながら、にこりと笑う結衣を、玲子が、瞳孔を見開きながら見上げる。

玲子が、低い声で、苦しげに言葉を発する。

「結……衣……」

「なあに?」

「ど、し……て」

「そんなの決まってるじゃない。私のモノは私のモノ、だからよ」

玲子は、ガクガクと身体を揺すりながら、呼吸をしようと、金魚のように口を大きく開けて、パクパクさせる動作を、繰り返している。

「結、衣……のしあわ……わたし、の、しあ……わせ」

「それね、私ずっと勘違いしてたわ。あなた、私の幸せを願ってたんじゃなくて、私の幸せは、自分の幸せでもあるって思ってたんでしょ?呆れてモノも言えないってこの事ね」


「そろそろラクにしてあげる。あ、裕介は、くれてあげる。もう私には、要らないモノだから。偽りの魅力しかない貴方にピッタリだわ」

結衣は、薄く笑うとマスクをして、左手で、ススキ花火に火をつけた。

ススキ花火が、燃えながら、煙で部屋を白く染めると同時に、玲子は、テーブルに突っ伏して、口から泡を吐いていた。

「さぁ、お片付けして帰りましょうね」

結衣は、お腹を撫でながら、紅茶のカップを念入りにあらい、ドアノブの指紋を拭き取った。


ーーーーその日の夜だった、いつものように洗濯物を畳むと、結衣は、コーヒーを片手にパソコンを開いた。

見計らったように、一件のメールが届く。開くとメッセージは一行だけ。

『欲の遂行、おめでとうございます』

そして、メッセージは30秒後に跡形もなく消えた。

結衣は、リビングに掛けてある時計を眺めた。

今頃、裕介は、あの玲子を見てどんな反応をしてるんだろう。

「ふふふ……。あはははははははっ」

結衣は、可笑しくなってひとしきり腹を抱えて笑った。


「貴方の幸せがママの幸せよ」

結衣は、お腹の子に囁いた。