話によると、天王先輩は妖力が強すぎるために人間もあやかしも無条件に魅了してしまう体質を持っているらしい。

 魅了の感情の種類は様々で、好意的なものから激しい嫉妬心までと幅広く、主に女性だと「自分だけのものにしたい」という色欲的な目をされることが大半だという。


 それを抑えるために式典で用いられる鬼の面を嵌めたり、普段から妖力を抑える装飾品をつけているのだがそれにも限りがあった。

 面倒ごとを避けるために、天王先輩は日頃から人妖共に避けて生活していた、ということだった。


「だけどイトちゃんは、俺になにも抱かない。嫉妬も欲望も、こんな子は生まれて初めてなんだ」
「そ、それは分かりましたけど……近いです!」

 気を抜けば天王先輩は私のそばに寄ってくる。
 距離感が壊れているのか、狙ってやっているというよりは自然とそうなっているので強くも言いにくい。


「もしかすると、君の呪力が俺の妖力をはじいてくれているのかもしれない。理由はなんであれ、人前に出て不快になるどころか高揚感に包まれるなんて今までになかったことだ」

「それに関してはよかったですね……それで、あの……私が陰陽師ということは内密に……」

「ああ、もちろんだ。君のことが明るみになって、君のそばにいられないことは何としても避けたいからね」


 ううん? それって一体、どういう意味なのだろう。

 天王先輩の言葉に圧倒されているうちに、下校時刻を告げる学園の鐘の音が鳴る。


「もうこんな時間か……イトちゃん、いや君の名前を改めて教えてくれるかい?」
「名前は、西ノ宮 依十羽です」
「だからイトちゃんなのか。可愛い名前だね」

 直球な言葉に慣れず、どうにも調子が崩れてしまう。
 名前を褒めてくれたのは、随分前に亡くなったお母さんとおじいちゃんだけなのに。

 この人はいとも簡単に言ってしまう。


「え、ええと……それじゃあ、失礼します!」


 下校時刻の鐘が鳴った。
 そろそろ帰らないと、お義母さんや亜美からどんな言いがかりを付けられるかわからない。

 ひとまず天王先輩は、私が陰陽師であることを黙っていてくれると言っていた。

 まだ、確実に信じられるかはわからないけれど、今は彼の言葉を信じるしか方法がない。