『イト、イト! 鬼だ!』
『しょいつ、天王家の鬼! しょれも、長男!』
私の肩に乗っていたコンとポンが、慌てた様子で教えてくれる。
天王家の鬼と聞いて、私は耳を疑ってしまった。
「長男ってことは……天王 四季……さん?」
「俺のこと、知ってくれていたんだ」
名前を言っただけで、なぜか心底嬉しそうにされる。
むしろ天王家を知らない人なんていないと思う。
大昔からあやかしには変わらない序列があり、天王家はあやかしの中でも最高位である鬼家系。
鬼も多くの血統があるけれど、天王家はすべての鬼を束ねる家だ。
ひとつ上に天王先輩がいることは色んなところで噂されていたので知っていた。
しかし、入学式にも顔を出すことはなく、そもそもあまり授業を受けていないらしい天王先輩を学園で見かける機会は全くなかった。
「君の名前、イトちゃんっていうのかな。その前に、汚れてしまうから立とうか」
「わっ……!?」
なんとも形容しがたい力によって宙に浮いた私は、そのまま天王先輩に引き寄せられるように腰を抱かれた。
「さっきも不思議だったんだ。なぜそんなにびしょ濡れなのかな?」
彼が私に手をかざした瞬間、足元から生暖かい風が駆け上がる。
冷えていた体がぽかぽかと温かな空気に包まれて、髪や制服はあっという間に乾いていた。
「こ、これは……」
「妖術だ。どこか乾かし足りないところはない?」
甲斐甲斐しく尋ねられ、さらに顔が近くなった。
見慣れない超絶美形になんだか腰が引けてしまう。
というか、これは……。
「ちょっと、近いので……離れてもらってもいいですか」
やんわりと胸を押すと、天王先輩はさらに目尻を下げて微笑んだ。
だからその反応がいまいち理解できないんだけど。
「えっと、色々と乾かしてくれてありがとうございました」
ようやく至近距離から解放されて、私は改めて天王先輩にお礼を言った。
「こちらこそ、ここに来てくれてありがとう。おかげで君と出会うことができた」
「ちょっといいですか? さっきから気になっていたんですが、先輩のその感じは一体どういうことなのでしょうか……??」
誰かに聞かれてしまえば口説き文句と捉えられかねない彼の発言に、私は尋ねる。
すると、少し照れくさそうにしながら天王先輩は教えてくれた。
「初めてだった。家族以外で、俺を見て強い感情を抱かない女の子は」