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人妖学園に入学して、一週間が経った。
「あっ、ごめ〜ん。全然見えてなかった」
廊下を歩いていると、前から歩いてきた女子とぶつかる。
じんわりと痛みが残る肩を押さえてその子を見ると、にやりと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「でも、あんたが悪いのよ? また家でも亜美に嫌がらせをしたらしいじゃない」
周りにも聞かせるように大声で言ったその人は、中学でも亜美の取り巻きのひとりだった。
その隣にいる子も同じく、中学から私に嫌がらせをしていた。
「つうか、あんたがこの学園に入れるなんてなにかの間違いじゃないの?」
鼻で笑われ、いつものように見下される。
周りにいた生徒たちの目は、驚いたような反応もあるけれど、ほとんどが軽蔑的に私を見ていた。
もうそこまで亜美お得意の根回しがされているのかと、呆れてしまう。
「私が入学できたことが、何よりも証明だと思うけど」
身分も家柄も問わない人妖学園には、一つだけ規定がある。
それは、ある程度の妖力に体が受け止められるかということ。
これはあやかしが持つ妖力が作用して、体調不良や妖力酔いを起こさないための安全措置だ。
つまりこの学園への入学が認められた人間は、少なからず妖力に耐性があるということだった。
「だから、それが間違いだって言ってんだよ!」
今度はさらに強く肩を押され、体勢を崩して床に転がってしまう。
狙ったのか、背中に当たった飾り棚から大きな花瓶が落ちる。私は頭から水を被り、花瓶も割れてしまった。
「あんたなんかが番契約できるわけないだろうし、身の程を知る前に早く退学しちゃえば?」
そう言って二人は笑い声をあげながらその場を去っていく。
周囲から強く突き刺さる視線は、同情よりも私を避難するものが多く、居心地は最悪だった。
「依十羽お姉ちゃんっ!」
そのとき、廊下の先から私を呼ぶ声がした。亜美だった。
「どうしたのお姉ちゃん? 誰にやられたの?」
心配そうな顔をして駆け寄った亜美は、ハンカチを取り出すと濡れた髪を拭いていく。
傍から見れば優しく手を差し伸べられている光景だけど、私にだけ見えるように亜美は「ざまあみろ」と嘲笑していた。
こういうところが、たちが悪い。
「触らないで」
「きゃっ」
さすがに少し頭にきてしまい、私は亜美の手を払いのけた。
ハンカチが床に落ち、亜美は目を大きく広げている。
「ど、どうして……お姉ちゃん。あたし、どうすればお姉ちゃんと仲良くなれるの?」
「やめてくれる? そういう心にもない言葉を聞いていると、寒気がするから」
ざわりと周りに批判の声が広がった。
私も馬鹿だなとは思う。何も言わなければ事が大きくなることはないのに、歯向かってしまうなんて。
でも、黙っていたところで状況はそんなに変わらない。
中学時代。黙りに徹していた結果が、さっきの取り巻きをたくさん生んでしまったんだ。
だからもう、高校では亜美の思う通りには動かない。そう決めていた。
「ひどい……お姉ちゃん、そんな」
亜美が涙目で見つめてきた。
私はその顔から背けるように、亜美が来た方向とは反対の廊下を歩いていく。
これできっとまた印象は悪くなった。
傍観気味だったあやかしの生徒たちも、亜美を同情的な目で見ている。
昔から亜美にはそういうところがあった。
他人を惹き付けて、意のままにするような不思議な力。
呪力とは違うから、魅力ということなんだろうか。
実家は名の通った企業グループを束ねる西ノ宮家。
その可愛らしい容姿も合わさって、彼女は自分が特別なお姫様だと疑わない。
私はいつになったら、亜美から解放されるんだろう。