今朝の濡れ衣は可愛いものだ。
ひどいときは狭くて暗い部屋に閉じ込められ、食事抜きは日常茶飯事、そして使用人たちからの体罰は今でもある。
でも、辛いとか悲しいとか、怒りなどの負に近い感情に支配されてはいけない。
そうなれば呪力が溢れ出してしまい、周りの人たちに影響を及ぼしてしまう可能性がある。
だからおじいちゃんは、いつどんな時でも平静さを忘れないでと口酸っぱく言っていた。
「それに、私にはこの御守りも、この子たちもいるから……大丈夫」
血が繋がっているといっても、お父さんは他人と変わらない。父親という存在に期待していた頃もあったけれど、もう諦めはついている。
気分が落ち込んだとき、私を支えてくれたのは、おじいちゃんから貰った五芒星を模したペンダントと、このふたりだ。
『イト、また小娘にひどい目に合わされたの? コンたちが凝らしめてやりゅのに』
『しょうだよう。ガマンはよくないよう』
ポンッと音を立てて現れたのは、もふもふとした手のひらに載せられるぐらいの毛玉が二つ。
それぞれに耳と尻尾があり、丸々としているけど、れっきとした妖怪。
区別としては、人の姿を象った者をあやかし。怪異的な姿の人外は妖怪としてわかりやすいように分けられている。
白毛の妖狐コンと、黒毛の妖狸ポンは、私が幼い頃に式神召喚で契りを交わした妖怪。
こんなふうに小さくなっているとき、コンは「ら行」が、ポンは「さ行」が拙くなる。
そんなところも可愛いくて、とても癒されていた。
「今日はネックレスを盗られたって言われただけだから」
『ねっくれしゅ?』
ポンがこてんと首を傾げる。
そして隣にいるコンと目配せをすると、一緒に私の手のひらで宙返りをした。
「え、これって……亜美のネックレス?」
たった一瞬で、手には宝石がはめ込まれたネックレスが現れる。
驚いてふたりを見ると、どちらもへへんと得意げな顔をした。
『さっき廊下で、小娘のそばにいる女のポケットかりゃ落ちた』
『イトに見しぇようと思って、持ってきたんだよう』
やっぱり盗んだなんだというのは濡れ衣だった。
亜美のそばにいた女、というのは亜美の専属メイドのこと。
食堂での亜美の様子からすると、メイドが持っていることを知っていてあんなことを言ったんだ。
というより、亜美がメイドに持たせたのかもしれない。
そこまでして私を貶めたいのかと思うけれど、これまでも似たようなことをされてきたんだから不思議じゃなかった。
「とりあえず、そのメイドさんのポケットに戻してきてくれる?」
このままでは本当に盗ったことになってしまうので、そうお願いする。
コンとポンは揃って頷くと、ネックレスと一緒に姿を消した。
あの子たちのことだから、うまくメイドのポケットに入れてきてくれるだろう。
「こんな調子で大丈夫かなぁ……来週から学園に通うのに」
ふたりがいなくなった部屋で、私はついため息をこぼしてしまう。
壁に掛けられた真新しいグレーのブレザーを見て、先が不安になってしまった。