魅了体質な鬼のあやかしは、隠れ陰陽師にご執心。

 

 人妖共存、人妖共栄、はや100年。
 日本は「あやかし共生国」第1位に輝いた。

 今や異類婚姻譚も珍しくなく、人型も人外も上手いこと現代に溶け込んでいる。

 特に人型のあやかしは知能が高く、個々の才能を発揮して文明文化の発展に尽力していた。

 世界の富豪番付では、いくつものあやかし名家が並んでいる。

 あと数十年もすれば、人妖数の比率は半々になるのではという具体的な予測も出ていた。
 つまり、現代においてあやかしは当たり前の存在で、なおかつ注目を浴びている。

 それが、今の世の中。
 誰も不満などなく、そもそもそんなことを言っては平等に反してしまう。


「おじいちゃん、いとは、おじいちゃんと同じおんみょーじなの?」

「ああ、そうだよ」

「それじゃあ、おじいちゃんみたいにポンって動物だしたり、お星さまうらないしたり、できるの?」

「ああ、できるさ。だけどね、依十羽」


 あの時のおじいちゃんの手は、大きくなった今でも覚えている。

 皺が多くてすごく細かったけれど、頭を撫でてくれた手のひらからは力強さが感じられた。

 お腹の奥から力が湧き上がる不思議な感覚があって、それが「呪力」だと教えられた。


「わあい、式神よべたよ! お名前はね、コンちゃんとポンちゃん!」

 はじめて扱った術は、式神召喚だった。

 妖狐と妖狸。
 どちらも普段は手のひらサイズの大きさで、モコモコフワフワしていて可愛い。

 私はただ友達ができたと喜んでいたけれど、おじいちゃんは少しだけ複雑そうな顔をしていた。



 ……今はもういない、優しかったおじいちゃん。

 おじいちゃんが何度も言っていたこと。私は忘れずに、ずっと守っている。


「陰陽師だということを、誰にも知られてはいけないよ」


 大昔、私やおじいちゃんの先祖は強力な呪術を操る大陰陽師だったらしい。

 そして、数多くのあやかしや悪霊を退治した。
 当時は人々からありがたがられる大役だったのだけれど、今は時代が時代である。

 あやかしとの共存が望まれる現代では、たとえ悪さをしていたからとはいえ、彼らの仲間を多く封印し討伐した「陰陽師」は、完全にタブーな話だった。





「またお姉ちゃんがあたしのアクセサリーを盗んだの! どうして亜美の嫌がることばかりするのっ?」


 大好きだったおじいちゃんが亡くなり――私、西ノ宮 (にしのみや) 依十羽(いとは)は、今年から高校生になる。

 そして今日も妹に濡れ衣を着せられていた。


「私……取ってないよ。亜美の部屋に入ったこともないのに」

 広い邸宅の食堂には、朝食を摂るお父さんとお義母さん、そして壁に控えた使用人がいる。

 私は無実を伝えるけれど、誰も信じていないようで冷めた瞳をこちらに向けていた。


「またお前は、いい加減にしないか」

「だから嫌なのよ、薄汚い泥棒猫のような真似をする子なんて」


 特にお義母さんの視線はとてつもなく鋭い。嫌われているので仕方がないと思いつつも、怖いものは怖いのだ。


「あたし、知ってるんだよ? お姉ちゃんがあのネックレスを羨ましそうに見てたの……言ってくれたら、あげたのに」

「羨ましいなんて思ってないよ」

 あんなにゴテゴテとした宝石だらけのネックレス、欲しいだなんて思っていない。
 イタズラ好きのあやかしに狙われそうだなぁとは、考えたけれど。

 だけど今回は、イタズラとは違うみたい。


「嘘ばっかり……! もう、いい加減にしてっ」

 亜美に強く押されて、私はその場に勢いよく尻もちを着いた。

 顔をあげると、俯いた亜美がにやっと笑ったところを目撃してしまう。

 周りが気づいていないのをいいことに、お得意の嘘泣きを始めてしまった。


「…… 依十羽、お前はしばらく部屋を出るな」

「どうして、私はなにもっ」

「人に迷惑ばかりかけておいて、悪びれもなくなにを言っているんだ!! これ以上、何かしでかしたら今度こそただじゃおかないからな!!」


 聞く耳を持たず、お父さんは席を立つと食堂を出ていってしまう。

 私は何もしていないのに。
 けれど、このやるせなさは慣れっこだった。

 だって私は、この家に来てからというもの、一度だって話を聞いてもらったことがない。


 私はこの屋敷の使用人として働いていたお母さんと、手を出したお父さんとの間にできた子ども。
 お腹に私がいると知ったお母さんは、屋敷を出たあとに出産し、その後はおじいちゃんの家で一緒に暮らしていた。

 三歳の頃、お母さんは交通事故に遭い亡くなり、私が中学に上がる頃にはおじいちゃんも病気でこの世を去った。

 そのあと、私の存在を知ってお父さんがこの西ノ宮家に迎えたのだけれど。
 もちろん歓迎されるはずもなく、お義母さんと亜美は私を心底疎んでいる。

 それは、確かに仕方がないとも思う。
 だったら私のことは無視してくれていいのに、存在が気に入らないのかいびり続けてくる。


「……はあ」

 食堂をあとにした私は、屋敷の一階の隅にある物置部屋に入った。

 ここが私の部屋で、長いこと過ごしてきた場所。

 物置部屋といっても、この広い屋敷の物置なのでそれなりに大きい。
 けれどある物といえばベッド、机、椅子、クローゼットくらいで、私物はほとんどなかった。


「…………んもおおっ! やることがワンパターンなんだから!!」


 物置部屋に人が来ることはまずない。

 それをいいことに私は溜まりに溜まった鬱憤を声に出すことで発散していた。




 今朝の濡れ衣は可愛いものだ。

 ひどいときは狭くて暗い部屋に閉じ込められ、食事抜きは日常茶飯事、そして使用人たちからの体罰は今でもある。


 でも、辛いとか悲しいとか、怒りなどの負に近い感情に支配されてはいけない。

 そうなれば呪力が溢れ出してしまい、周りの人たちに影響を及ぼしてしまう可能性がある。

 だからおじいちゃんは、いつどんな時でも平静さを忘れないでと口酸っぱく言っていた。


「それに、私にはこの御守りも、この子たちもいるから……大丈夫」


 血が繋がっているといっても、お父さんは他人と変わらない。父親という存在に期待していた頃もあったけれど、もう諦めはついている。

 気分が落ち込んだとき、私を支えてくれたのは、おじいちゃんから貰った五芒星を模したペンダントと、このふたりだ。


『イト、また小娘(亜美)にひどい目に合わされたの? コンたちが凝らしめてやりゅのに』

『しょうだよう。ガマンはよくないよう』


 ポンッと音を立てて現れたのは、もふもふとした手のひらに載せられるぐらいの毛玉が二つ。
 それぞれに耳と尻尾があり、丸々としているけど、れっきとした妖怪。

 区別としては、人の姿を象った者をあやかし。怪異的な姿の人外は妖怪としてわかりやすいように分けられている。


 白毛の妖狐コンと、黒毛の妖狸ポンは、私が幼い頃に式神召喚で契りを交わした妖怪。

 こんなふうに小さくなっているとき、コンは「ら行」が、ポンは「さ行」が拙くなる。

 そんなところも可愛いくて、とても癒されていた。


「今日はネックレスを盗られたって言われただけだから」
『ねっくれしゅ?』

 ポンがこてんと首を傾げる。
 そして隣にいるコンと目配せをすると、一緒に私の手のひらで宙返りをした。


「え、これって……亜美のネックレス?」


 たった一瞬で、手には宝石がはめ込まれたネックレスが現れる。

 驚いてふたりを見ると、どちらもへへんと得意げな顔をした。


『さっき廊下(りょうか)で、小娘のそばにいる女のポケットかりゃ落ちた』

『イトに見しぇようと思って、持ってきたんだよう』


 やっぱり盗んだなんだというのは濡れ衣だった。
 亜美のそばにいた女、というのは亜美の専属メイドのこと。

 食堂での亜美の様子からすると、メイドが持っていることを知っていてあんなことを言ったんだ。

 というより、亜美がメイドに持たせたのかもしれない。

 そこまでして私を貶めたいのかと思うけれど、これまでも似たようなことをされてきたんだから不思議じゃなかった。


「とりあえず、そのメイドさんのポケットに戻してきてくれる?」

 このままでは本当に盗ったことになってしまうので、そうお願いする。
 コンとポンは揃って頷くと、ネックレスと一緒に姿を消した。

 あの子たちのことだから、うまくメイドのポケットに入れてきてくれるだろう。


「こんな調子で大丈夫かなぁ……来週から学園に通うのに」

 ふたりがいなくなった部屋で、私はついため息をこぼしてしまう。

 壁に掛けられた真新しいグレーのブレザーを見て、先が不安になってしまった。



 人妖(じんよう)学園。
 名前のとおり人と(あやかし)の国立共学校で、充実した設備と広大な敷地を有している。

 世界ではじめて設立された人間とあやかしの学校ということで、歴史深く誰もが憧れる場所だ。

 そして人妖学園は、どの学校よりも推奨されて行われていることがある。

 それが、人間とあやかし同士が結ぶ「番契約」だ。

 番とは、いわゆるパートナーのことであり、契約を交わすことでその二人は強い間柄で結ばれる。

 相手を思いやり、相手を慈しみ、相手を受け入れる。そうすることで強固な絆となった番は、人間とあやかしの血を混じらせ種族間で広げていく。

 人間とあやかしの婚姻が公的に認められるようになり、あやかしたちは自身の血を色濃く繁栄させる番を求めるようになった。

 あやかしが求める血の繁栄は、妖力を持たない人間と交わることでうまくいくとされている。

 何色にも染まっていない純粋な器が人間は、妖力のあるあやかしからすれば力が混じりやすい存在なのだ。

 昔は生贄としてあやかしに嫁ぐ人間も多かったと聞いているけれど、このご時世はもはや争奪戦である。

 より上位のあやかしと番になることは、人間にとって、特に女子からするととてつもないステータスになるのだ。



 ***


 人妖学園に入学して、一週間が経った。


「あっ、ごめ〜ん。全然見えてなかった」


 廊下を歩いていると、前から歩いてきた女子とぶつかる。

 じんわりと痛みが残る肩を押さえてその子を見ると、にやりと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「でも、あんたが悪いのよ? また家でも亜美に嫌がらせをしたらしいじゃない」


 周りにも聞かせるように大声で言ったその人は、中学でも亜美の取り巻きのひとりだった。

 その隣にいる子も同じく、中学から私に嫌がらせをしていた。


「つうか、あんたがこの学園に入れるなんてなにかの間違いじゃないの?」

 
 鼻で笑われ、いつものように見下される。

 周りにいた生徒たちの目は、驚いたような反応もあるけれど、ほとんどが軽蔑的に私を見ていた。

 もうそこまで亜美お得意の根回しがされているのかと、呆れてしまう。


「私が入学できたことが、何よりも証明だと思うけど」

 身分も家柄も問わない人妖学園には、一つだけ規定がある。
 それは、ある程度の妖力に体が受け止められるかということ。

 これはあやかしが持つ妖力が作用して、体調不良や妖力酔いを起こさないための安全措置だ。

 つまりこの学園への入学が認められた人間は、少なからず妖力に耐性があるということだった。

「だから、それが間違いだって言ってんだよ!」

 今度はさらに強く肩を押され、体勢を崩して床に転がってしまう。
 狙ったのか、背中に当たった飾り棚から大きな花瓶が落ちる。私は頭から水を被り、花瓶も割れてしまった。


「あんたなんかが番契約できるわけないだろうし、身の程を知る前に早く退学しちゃえば?」

 そう言って二人は笑い声をあげながらその場を去っていく。

 周囲から強く突き刺さる視線は、同情よりも私を避難するものが多く、居心地は最悪だった。


「依十羽お姉ちゃんっ!」


 そのとき、廊下の先から私を呼ぶ声がした。亜美だった。


「どうしたのお姉ちゃん? 誰にやられたの?」

 心配そうな顔をして駆け寄った亜美は、ハンカチを取り出すと濡れた髪を拭いていく。

 傍から見れば優しく手を差し伸べられている光景だけど、私にだけ見えるように亜美は「ざまあみろ」と嘲笑していた。

 こういうところが、たちが悪い。
 

「触らないで」
「きゃっ」

 さすがに少し頭にきてしまい、私は亜美の手を払いのけた。

 ハンカチが床に落ち、亜美は目を大きく広げている。


「ど、どうして……お姉ちゃん。あたし、どうすればお姉ちゃんと仲良くなれるの?」

「やめてくれる? そういう心にもない言葉を聞いていると、寒気がするから」


 ざわりと周りに批判の声が広がった。

 私も馬鹿だなとは思う。何も言わなければ事が大きくなることはないのに、歯向かってしまうなんて。

 でも、黙っていたところで状況はそんなに変わらない。

 中学時代。黙りに徹していた結果が、さっきの取り巻きをたくさん生んでしまったんだ。

 だからもう、高校では亜美の思う通りには動かない。そう決めていた。


「ひどい……お姉ちゃん、そんな」

 亜美が涙目で見つめてきた。

 私はその顔から背けるように、亜美が来た方向とは反対の廊下を歩いていく。

 これできっとまた印象は悪くなった。

 傍観気味だったあやかしの生徒たちも、亜美を同情的な目で見ている。

 昔から亜美にはそういうところがあった。
 他人を惹き付けて、意のままにするような不思議な力。

 呪力とは違うから、魅力ということなんだろうか。

 実家は名の通った企業グループを束ねる西ノ宮家。
 その可愛らしい容姿も合わさって、彼女は自分が特別なお姫様だと疑わない。


 私はいつになったら、亜美から解放されるんだろう。



 水を被ったのが放課後で助かった。

 濡れた状態では電車にもバスにも乗れないので、しばらく学園内を歩くことにした。


 芝生が広がる敷地内の庭を歩く。
 部活動をする生徒も多く、至るところから声が聞こえてきた。


「あれ? ここ、どこだろう」

 人目を避けるように歩いていれば、来たことがない場所に出ていた。

 だけど、周りが木に囲まれているし、ちょうどいい。

「結界」

 周りを確認したあとで、手印を結んで結界を張る。
 結界の外から私の姿は見えない。

 私は芝生に腰をおろすと、コンとポンを呼び出した。

『喚んだ、イト』
『わあ、なんで濡れてるの……?』
「ちょっとね」


 ぽたぽたと水滴が毛先から落ちる。
 コンとポンは心配そうに私の頬にすり寄った。

『イト、あったかい?』
『イト、ポンたち大きくなる?』
「うん、温かい。ポン、大丈夫だよ。ありがとう」

 
 でも、このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。

 結界を張っているから、火の術を使っても大丈夫かな。
 そう考えながら新たに手印を結ぼうとしたとき、頭上から声が降ってきた。


「それ、式神? さっきの手印にも覚えがあったな。へえ――君、陰陽師なんだ」
「えっ……」


 今まで感じなかった気配が、突然に現れる。
 そして結界の中に、誰かが入ってきた。

「こんにちは、一年生かな」

 すとん、と重力をなくしたようにその人は身軽に私の目の前に立った。

 藍色がかった黒髪が風に靡いて、前髪の隙間から黄金の涼しげな瞳がきらりと輝く。

「あの……」

 今まで見たこともないほどに、綺麗な人だった。
 人妖学園の制服を着ているけれど、この人が袖を通しているだけでなんだか特別な装いに見えてしまう。

 見惚れるほど美しい人って、こういうことを言うんだろうな。そう思ったところで、ふと我に返る。

 ――君、陰陽師なんだ。

 さきほど言われた言葉が頭で繰り返される。
 途端にさあっと血の気が引くような感覚がした。

「その毛玉たち、強い妖力を感じるけど。上級の妖怪かな」
「…………」

 ……バレた!?



 あまりにも自然な登場に、反応が鈍ってしまう。

 人型の強いあやかしは美貌に優れているのも特徴の一つだけど、それよりもこの人の纏う妖力は凄まじい。

 おそらく彼は、高位のあやかしだ。
 そんな人に私が陰陽師だとバレてしまうなんて、この状況はかなりまずい。


「あ、の……」

 じっと強く見つめる。
 どう言おうか、どう誤魔化そうか、頭をフル回転させていた。


「……っと、まずい。ああ、しまった。つい興味が注がれて」

 何か言おうとしたところで、同じく目の前の人も口を開く。
 ついさきほどの飄々とした表情から打って変わり、その宝石のような黄金の瞳には焦りと煩わしそうな感情が浮かんでいた。


 ふっとその人が顔を背けた瞬間、私は行動に出た。


「……お願いします、私のことは秘密にしてください!」

 地面に膝と手、そして額をぴったりとつける。
 ほぼ土下座のような姿勢で頭を下げ、私は強く懇願した。


 おじいちゃんが教えてくれた。
 陰陽師はあやかしを退ける術を数多く操っていたけれど、中には術を跳ね除けてしまうあやかしもいたって。

 それは下の者を束ねていたという高位のあやかしであり、昔の陰陽師も手を焼いていたという。

 私の結界をものともしないで中に入って来られたのは、私の呪力以上にこの人の妖力が強いから。

 それがわかれば、もうこうして頼み込むしか方法がない。

 力づくて忘れさせてやる……なんて漫画みたいな展開、私には無理!


「……いや、ちょっと待って。君、俺を見てなんともなかったのか?」

 より一層におでこを地面にのめり込ませていると、そんな質問が聞こえてきた。

 なんとも思わないって、どういうことだろう。
 今まさに肝を冷やしているんだけれど。
 ここは正直に答えよう。


「自分のことがバレてしまいとても焦っています! どうかどうか誰にも言わないでいただけませんでしょうか……!」

「そういうことじゃなくて。ちょっと君、もう一度こっちを見てくれないか。ほら、おでこが土で汚れるから」

「あの……?」


 促されて顔をあげると、彼は苦笑を浮かべていた。


「俺のこと、どう思う?」

「どう……」

「もっと切り込んで聞くと、俺のことかっこいいと感じる?」

「……え、はあ、まあ。美形な人だとは思っていましたけど」

 どうしてこんな問答をしているのか疑問だったけれど、彼は至って真面目だった。


「自分のものにしたいと、強く思う?」
「ええ……」

 さすがにちょっと、いや結構引いてしまった。
 これまで高位のあやかしと関わったことはないけれど、みんなこんな感じなのかな。


「ごめんなさい、ないです……」

 よくわからないけれど素直に答えれば、彼はその瞳を大きく開いて、そして微笑んだ。

「なんて、ことだろう」

 その笑みは、まるで焦がれ続けた人に向けるような蕩けるほど甘く艶やかで。

 思わず心臓がどきりと鳴ったのを、私は平常心でそっと静めた。