「番契約」には、いくつかの決まりや規定がある。
たとえば正式な契約が結べるのは高校生以上からだとか、二重の番契約は禁止だとか。
また、家門が政府認可になっているあやかし家は、番契約を結んだ相手の庇護者となり、相手親と同等の権利が与えられる。
「イトちゃんが望んでくれるなら、俺はすぐにでも君と番契約をして、あの家から出してあげたい」
結局、天王先輩の制服は汚れたまま、話は具体的な「番契約」へと移っていた。
「出たいとは思っていましたけど、住む場所が……」
結局は未成年だと保護者の同意が必要で、けれどほかに頼る人もいなかったから実現できなかったことである。
「それなら、学園寮に住んだらどうかな」
「学園寮って、そうほいほい入寮できないって聞いたことがあるんですけど」
人妖学園の寮は、高位のあやかしばかりが住んでいると聞いている。
そんなところに私が入寮するのは色々とまずいんじゃないのかな。
「大丈夫。俺はワンフロアを丸々借りているから、部屋もたくさん余ってる」
「ええ!」
そっか。基本的に人もあやかしも嫌いだと言っている天王先輩は、生活区域にも他人を寄せ付けないんだ。
しかし、天王家はすべての鬼家系を束ねる家門なのに、陰陽師の力がある私が番契約を結んでも問題ないのだろうか。
「家の人に、反対されませんか……?」
「むしろ感謝されると思う」
その返答は予想外である。
「ほら、俺は無駄なくらい周囲の感情を受けてしまうから、ずっと一人でふらふらすることが多かったわけ。だけどイトちゃんと番契約を結ぶことで、妖力が君と調和される。だからもう、今までみたいに強く魅了することはないはずだ」
「それって……ひとまず誰かと番契約していれば、天王先輩はもっと早く過ごしやすくなったんじゃ?」
「番契約する前に、俺が感情を浴びて相手を心底嫌いになるか、相手が俺の妖気を浴びすぎておかしくなるだろうね」
バッサリと言われ、なるほどと納得する。
たしかに食堂でも天王先輩を見る周りの目って異常なくらいだった。
私を捜すために、妖力を抑え込む装飾をつけていたけれど、それでもあの調子だったし。
「どうする? イトちゃんが時間を置いてからがいいのなら、番契約はもう少し……いや、それだと君はまたあの家に」
もう、答えは決まっていた。
あの家にいるのは限界だと薄々気づいていたし、何よりも天王先輩なら信頼できる。
「……番契約、したいです」
なによりも、手を差しのべてくれた人を、信じたい。
「本当に?」
あれだけ番にならないかと聞いてきたのに、私が頷くと彼は目を広げて詰め寄ってくる。
「お願い、できますか?」
「ああ、もちろん」
ふわりと顔を綻ばせた天王先輩は、私の右手を恭しく取った。
そして、ゆっくりと小指に唇を這わせ、妖力を流し込む。
呪力と反発してしまわないかと不安だったけれど、そんなことはなかった。
天王先輩は、ほかのあやかしとは桁違いに妖力が強い。だから私の呪力にも無害でいられるんだろう。
徐々に天王先輩の妖力が、身体を駆け巡るような感覚が伝わってきた。
不思議な感じだけど、まったく嫌な気はしない。
「はい、できた」
天王先輩が口を離すと、小指には指輪のように紋様が絡みついていた。
彼の小指にも、同じように紋様がある。
これで番契約は終了のようだ。
「イトちゃん、改めてこれからよろしくね」
嬉しそうに笑った天王先輩に、私も精一杯の笑顔で返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします。天王先輩」
「……よし、まずは俺のことを四季くんと呼んでみようか」
「いきなりハードル高いですってば」
「そんなことはないと思う。ほら、呼んでごらん」
ずいっと迫られ、一切の遠慮なく耳で囁かれる。
待って、番契約した途端、距離感がさらにおかしくなっているんだけど。
「イトちゃん、ほらほら」
「耳をくすぐらないでください!」
こうして、私と天王先輩の番契約は結ばれた。
今まで強すぎる妖力で多くの人たちを魅了していたという天王先輩だが、私と番関係になったことで妖力も調和されているように思える。
だけど、周囲に対する態度は変わらず冷ややかで、彼がとびきりの笑顔を向けるのは私だけだった。
出会いは偶然だったけれど、おそらく私はとんでもない人に執着されたのだと、日を追う事に身をもって知るのだった。
***
ご読了ありがとうございました。
本編はこちらで完結になりますが、字数に余裕ができましたので、ちょっとだけ後日談として二人のその後を投稿予定です。
よろしければもう少しお付き合いいただけると幸いです。
こちらは、あやかし×恋愛の短編小説コンテスト用に書いたお話です。
あと二作品エントリー小説があるのですが、それとはがらりとキャラクターや文章を変えて書きたく、気づいたらこのような感じになっていました。
少しひょうきん気味な美貌の鬼のあやかし、そして彼に心乱される主人公と、楽しく書くことができました。
ありがとうございました。