「いや……ははっ、びっくりしました。まさか、本当に知られているなんて」


 どうしよう、恥ずかしい。
 天王先輩の前ではなんでもないように振る舞っていたのに、全部調べているなんて。

 だって、嫌だった。
 もし、もしも……亜美が自分の都合のいいように言った私のことを、天王先輩が耳にしてしまったとき。

 万が一にも、この人が鵜呑みにしてしまったら。

 せっかく仲良くなれたのに。
 この不思議な関係を手放したくないと、無意識に取り繕うとしていたことが恥ずかしい。


 そう考えたら天王先輩の顔を見るのが躊躇われ、立ち止まって地面ばかりに視線がいってしまう。


「イトちゃん」

「……はい」

「どうして俯いているのかな」

「なんとなく、です」


 いやだな、いやだ。

 いつの間にか、彼に執着していたのは私のほうで。
 天王先輩は、女子からのそういう感情も煩わしいと感じているのに。


「イトちゃんがなにを考えているのか、当ててあげようか」

「いやです」

「そう言わずに」

「……」

「ねえ、イトちゃん。そういうわけで俺は、君と番になりたいんだけど」

「どういうわけっ……」


 いつもの軽い調子に流されて、つい上を向いてしまった。ほとんど向かされたと言っても過言ではない。

 目と鼻の先には天王先輩の綺麗な顔があって、一気に鼓動が早くなった。

 視線が交われば、彼のひたむきな感情が伝わってくるようで、息が止まる。


「依十羽。もっと早くに君を見つけられなくて、ごめんね」

「へ……」

 温かな手のひらが、そっと私の頭に触れる。
 ゆっくりと撫でる手つきは、まるで子どもをあやすように優しい。

「痛かっただろう、辛かっただろう。一人で、たくさん悲しかったね」

 どうしてそんなこと……私が欲しかった言葉を、言ってくれるの?

 呆然とその顔を見つめる。ふと、瞬きをすれば、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「なに、これ……」

 そこで思った。
 最後に泣いたのは、いつだっただろうって。

 そうだ、おじいちゃんが死んでしまった日。
 あのときが最後だったんだ。

 おじいちゃんが死んだ瞬間、悲しさのあまり引き千切られるような感覚が体中を駆け巡って、呪力が溢れ出した。

 そのせいで院内のあやかしの多くが失神したと聞いて、必死になって抑え込んだ。

 感情が激しく乱れると、呪力が暴走して私が陰陽師だということが明るみになってしまう。

 お母さんが死んだとき、悲しくて悲しくて自分ではどうしようもなくて、おじいちゃんに泣きついた。
 おじいちゃんは陰陽師だったから、同じ呪力で調和して暴走を止めてくれた。

 でも、もうそんな存在はいない。
 受け止めてくれる人はいない。

 だからこそ、心の深い部分まで感情が引き摺られないように気をつけていた。

 いつも、いつも、いつも。
 気をつけていたら、いつの間にか泣くことがなくなっていて。

 それなのに天王先輩の言葉を聞いたら、我慢がきかなくなってしまう。


 あの頃も、今も。

 私はずっと悲しくて、誰かに縋りたかった。


「うっ、ひっ……うえええんっ」

 自分でも恥ずかしくなるくらい幼子(おさなご)のように泣き声をあげていた。

 目の前の胸に縋りついて、今までのすべてを吐き出すように泣き続けた。

 呪力の暴走は感じなかった。
 天王先輩の妖力が包み込んでくれているのに気づいて、この人のおかげなんだと理解する。


「君が泣きたいとき、いつでも俺に寄りかかったらいい」

 泣き止み方も忘れてしまった私は、それからしばらくの間、天王先輩の腕に抱かれていた。