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「ねえ、お姉ちゃん。最近、ちょっと生意気じゃない?」
天王先輩とお昼を過ごすようになって数週間が経った頃、家の廊下で亜美に呼び止められた。
今は夜で、周りには誰もいない。
だから猫をかぶることもなく、冷ややかな目を向けてくる。
「生意気って、普通に過ごしているだけだよ」
「だーかーら、その態度が生意気って言ってんの」
亜美は私が気に食わないから、常に優位に立っていないと気が済まない。
最近では頻繁に学園で番契約を申し込まれるようになり、さらに恵まれた立場を見せつけようとしてくる。
「お姉ちゃんは誰かに番契約を申し込まれたの? あはは、そんなわけないよねぇ。だってお姉ちゃん、もうみんなから嫌われてるもんねぇ」
「また亜美が、適当なことを言いふらしてるんでしょ」
前まではもうちょっと気にとめていたのに、今は相手にすらするのが億劫で。
それはきっと、天王先輩と過ごすようになったからだ。
あの人と一緒にいる自分の姿を思い出すと、亜美のいつもの嫌がらせなんて気にならなくなってくる。
「ほんっと気に入らない! だから嫌なのよ、お父さんを誘惑したいやらしい女の娘なんて!」
「お母さんは、誘惑なんてしてない」
「はあ? 何言ってんのよ、馬鹿じゃないの。誘惑したからあんたがいるんでしょ!」
この言い合いも、何度もした。
「あんたなんて、お父さんに見向きもされないくせに。いてもいなくてもいい存在なのよ、調子に乗らないでよね!」
「ちょ、やめて……!」
肩をぎゅっと掴まれて、そのまま後ろに強く押される。
転倒することはなかったけれど、私の首にかけていたペンダントが外れてしまった。
「ねえ、何よそれ」
「なんでもいいでしょ」
「あたしが、何それって聞いてるのよ!?」
「……はあ。小さい頃におじいちゃんから貰ったの。私の大切なお守り」
床に落ちたペンダントを拾って確かめる。
前に天王先輩とお昼を摂っていたときもそうだったけれど、今回も留め具の部分がゆるんだだけのようだ。
どこも壊れていないことにほっとしている私の横で、亜美が黙り込んでこっちを見ていた。
「なに?」
「んーん、なーんにも」
あれだけ騒いでいたのに不気味なくらい大人しくなった亜美は、そのあとすぐに廊下を引き返していった。
「変なの……」
その様子がちょっと不気味に映って、嫌な不安がよぎった。
「まずは留め具をどうにかしないと」
亜美のことよりも、ペンダントだ。
前に工具だけは買っていたので、試しに留め具が直せるかやってみよう。
そうして私は部屋に戻ると、留め具の修復作業に没頭した。
慣れないことだったので、なんとか直った頃には夜が明けていた。完全に徹夜である。