「……信じない」

 清が、立ち上がった。

「信じないわよ。私は。こんなの、ただの茶番だわ。――硯が帝の兄に嫁ぐですって? そんなの、ありえない。……だって硯は忌み子ですもの。この村で最も身分が低いのよ」

 なにかを言おうとしたおつきの人を、紅は制した。

「ここは俺に任せてくれないか」
「はっ。紅さまがそのようにおっしゃるのであれば……」

 ぎろりと、おつきの人は清を睨んでから下がる。
 でも、清は……睨まれたことにすら、気づいていないようだった。
 血走った目で、私だけを睨み続けているからだ。

「硯には、私は何をしてもいいの。どんな目に遭わせてもいいの。それで私はすっきりするのよ。……だって硯は私に絶対に逆らえない! そういう存在のはず。そして、そういう存在のまま、今日! 水害を治めるために、生贄に捧げられようとしていたのよ!」
「……水害ならばもう起こらない。三日前に、元凶の悪神を俺が倒したからな」
「生贄に! 硯を、このまま、生贄に! 硯が幸せになるなんて許せないっ。私より幸せになるなんて、この私が絶対に許さないんだからっ! ――ねえまもり神さま!」
「……もう……やめてくれ……わたしが悪かったから……森に帰らせてくれえ……」
「――この役立たずっ! よくも騙してくれたわね。地獄に堕ちろ!」

 清は化け狐を思い切り蹴り飛ばして、化け狐は呻いた。

 清は急に黙り込むと、不自然に笑顔をつくって、上目遣いで紅を見た。

「……私、知らなかったんです。貴方さまがやんごとなき方であることも。まもり神が化け狐だったことも。私はこの村の次期村長だから……この村のことを考えて、生贄を捧げようとしただけなんです……ところでっ」

 清は、両手を合わせて頬の横に添えた。

「硯でいいんだったら、私にしたほうがいいですよ? 私と硯って、顔はほとんど一緒なんですけど、私のほうがよく肌のお手入れしているぶん肌がきれいだし、おしゃれのこともわかっているし。そいつなんて肌ががさがさだし、死に装束をずっと着せられてきたような女ですよ? きっと貴方さまを楽しませることができません。私のほうがいいですよ、そんな女より――」
「汚い口で俺の愛する硯を汚すな」

 紅は、私には一度も向けたことのない、おそろしい声色で――清の言葉を、遮った。