紅は、私の身体を抱き上げる。
 お姫さま抱っこ……。
 ちょっと恥ずかしかったけど、すぐそばで紅が嬉しそうに微笑んでくれるものだから、なすがままになっていた。

 村人たちは、ずっとひざまずいて動かない。
 まもり神さまを騙ってた化け狐は、震えながら土下座したままだ……。

「そういうわけだ、尊。俺は硯を愛しているんだ。もう俺には、硯以外考えられない。結婚するならあやかしの娘か貴族の娘ということだったが、俺は絶対に、硯と結婚する」
「僕は紅兄さまがずっと独り身でいるんじゃないかって心配だったんだ。恋愛に興味がなさそうだったから。あやかしの娘や貴族の娘の見合い話を持ってきたのは、紹介するならまずそういう縁談になったからってだけで、兄さまが愛したひとが何より一番に決まってる。紅兄さま、硯、婚約おめでとう。しかし、まさか兄さまがそこまで惚れ込むとはね。硯、君はどんなに魅力的な女性なんだい?」
「硯に手を出したら、尊と言えども容赦しないぞ」
「大丈夫だよ、紅兄さまの大事な人に手を出すなんて命知らずすぎるでしょ。それに僕にだって愛する奥方がいる。でも硯、僕は君の義弟になるわけだから、これからは姉弟としてよろしくね」
「そ、そんな。えっと……よろしくお願いいたします……」

 帝が義理の弟なんて……。
 目の前で起こっていることが、信じられない。

「そして硯、紅兄さまと結婚するということは、京に来て生活してもらうことになる。大丈夫かい?」
「え、みっ……京ですか?」
「うん。紅兄さまは普段は京の、僕の住まいの裏に暮らしているんだよ。白き蛇の一族は、むかしから帝の一族と仲がよくてね。いっしょにこの国をつくってきたと言っても過言ではない。帝の一族の子どもと白き蛇の一族の子どもは、義兄弟として育つ。帝は表から、白き蛇の一族は裏から、この国を治める。それが伝統なんだ」
「そうだったのですか……」
「そのなかでもとくに、紅兄さまは大層お強いので、大蛇の君という称号を得ているんだ。そしていまでは白き蛇の一族の長にもなっている。だから紅兄さまは、僕と同じくらい偉いんだよ」

 化け狐は、大蛇の君という言葉を知っていた。
 あやかしの間でも、紅は有名なのかもしれない……。

 紅が、私に優しく語りかけてくる。

「京での生活は何も心配しなくていい。この俺の花嫁だ。みなが硯を大切にする。この俺を扱うように、硯を扱うよう、おふれを出す。様々な者に会うことになるが、ゆっくり挨拶していけばいい」
「はい……ありがとうございます、紅。高貴な方々に、私がうまく振る舞えるかわかりませんが……」
「硯はとても明るいから、みな気に入るだろう。それに傷ついて倒れていた俺の恩人でもある。何より、いつも俺がついている。何も心配しなくていい」

 紅がいてくれるなら……きっと、大丈夫だ。

「それじゃあ紅兄さま、そろそろ京に戻る? 悪神討伐の成果はあとで詳しく聞かせてもらうとしても――まあ、大丈夫そうだね、このあたりはもう。風が清くなっているよ。水も清くなったのだろうね」
「苦戦したが、しっかり倒しておいた」
「ありがとう。いつも助かるよ、兄さま」
「硯。行こうか。何か持っていきたいものはあるか?」
「え、えっと」

 持って行きたい「物」はないのだけれど……お願いしたいことならある。
 口を開こうとしたときだった――。