──どうしてこんな事になっているのだろう?
 翌日の昼休み、海殊(みこと)は目の前に広がる光景を見て、そんな感想を抱いていた。
 何故か教室の机で、向かいに琴葉(ことは)が座ってお弁当を食べていた。そして、その周囲を祐樹(ゆうき)達バカ男三人衆が囲んで、姫の様に扱っている。同じクラスの女子から突き刺さる侮蔑の視線、他の男子からの嫉妬の視線、様々なものが海殊達に突き刺さっていた。
 こんな事になったのは他でもない。
 昨日と同じく海殊と昼食を食べようと教室に琴葉が来たタイミングで、海殊が出迎える前に祐樹達が琴葉を教室の中に迎え入れたのだ。そんなに海殊とご飯食べたいならこっちでどうだ、外は暑いだろう、と色々言いくるめられ、琴葉はそのまま教室の中に連れ込まれてしまった。おそらく、今日も彼女が来るのではないかと待ち構えていたらしい。完全にしてやられた。
 その結果、海殊達はクラスメイト達から『下級生の女の子を連れ込んでいる』と侮蔑の眼差しを送られる羽目となった。実際、連れ込んでいるのだから反論のしようがないのだけれど、連れ込んだのは祐樹達三バカであって海殊ではない。自分も同じ様に見られるのは極めて不本意だったが、その下級生の女の子は海殊目的でここに来ているのだから、完全に主犯扱いだ。
 琴葉はと言うと、最初こそ困惑していたが、今ではちゃっかり居座って祐樹達とも溶け込んでいる。奥手なのかと思っていたが、結構コミュニケーション能力が高くて驚いた。そういえば春子ともすぐ仲良くなっていたし、人と話すのが好きなのかもしれない。

「そんで、琴葉ちゃんと海殊はどんな関係なの? まさか、付き合ってるとか?」

 自己紹介もほどほどに、祐樹のバカが琴葉に訊いた。
 さりげなくちゃん付けで呼んでいるところに、心のどこかで海殊は苛っとする。

「そんなわけ──」
「はい、付き合ってます!」

 ない、という海殊の言葉を琴葉が遮った。海殊が咳き込んだのは言うまでもない。

「は!? え!?」
「えええええ!? あの読書オタクの海殊がこんな可愛い彼女を……!?」
「ちくしょう……ちくしょおおおお!」

 三バカが困惑の声を上げているが、もっと困惑しているのは海殊の方だった。
 告白した覚えもされた覚えもないのに、いきなり付き合っている事になっているのだ。意味がわからなかった。

「ちょ、ちょっと待て……俺がいつからお前と付き合った事になってるんだ?」
「一昨日からだよ?」

 少し顔を赤らめて、恥ずかしそうに海殊を見る琴葉。

(いやいや。一昨日は俺達が出会っただけで、付き合ったわけじゃないだろうに)

 そうツッコミを入れそうになったが、余計にややこしくなるので言葉にするのはやめた。
 その一昨日に出会った女の子を家に連れ帰って一緒に住ませているのだ。付き合っているよりもっと酷い(?)状態なのである。
 万が一琴葉にそれをここで言われてしまうと、海殊の高校生活は色々終わってしまう。それこそ下級生を家に連れ込んでいるなどと知られたら、どんな扱いを受けるかわかったものではない。
 琴葉は目元だけで海殊に笑みを作ってみせる。その笑みはまるで『否定すればどうなるかわかっているだろうな?』とでも言いたげだった。

(……自覚がないまま初カノができてるって、どうなの?)

 海殊は心底大きな溜め息を吐いて、「そうだったな」と言葉を押し出す。

「それで! どっちから告ったの!? まさか、海殊から!?」
「いえ、告白は私からです。でも、海殊くんもまんざらでもない感じだったので」

 私が勇気を振り絞りました、と琴葉は恥じらいながらそう付け足した。
 どうやら、知らない間に海殊は彼女から告白されていたらしい。しかも知らない間にまんざらでもない感じになっていたそうだ。
 もはや収集がつく状態ではなく、こうなってしまったら琴葉に話を合わせる方が楽だったので、彼女の言葉に合わせて話を作っていく。
 どうやら海殊は市立図書館で琴葉と出会っていたそうで、本棚の高い位置にあった本を彼が代わりに取ってやったらしい。それを切っ掛けに仲睦まじくなって、一昨日公園で琴葉から告白したのだという。

(なんだ、その恋愛小説でありがちな設定は……っていうかそれ、どっかで読んだ事あるぞ)

 海殊は眉間の奥に頭痛を感じながら、琴葉の説明に同意していた。もうどうにでもなれ、の気持ちだ。
 変に逆らうとどんな設定を付け足されるのかわかったものではないので、とりあえず同意しておく方が楽だと判断したのだ。それに、その一昨日からうちの居候になっている事をバラされる方が怖い。告白されて付き合ったその日に家に連れ込まれた、などと言われたら、それこそ人生の終焉を迎えてしまう。
 ちなみに、琴葉が話した海殊との馴れ初めは、彼も読んだ事のある恋愛小説とまんま同じだった。完全パクリだが、本を読まない三バカが気付くはずもない。

(まあ……嫌じゃないんだけど、さ)

 祐樹達三バカトリオに笑顔で話す琴葉を見て、なんとなくそんな感想を抱いてしまう。
 否定しなかったのは、ただ面倒だったからというだけではない。琴葉みたいな子と付き合えたらきっと楽しいだろうな、と心のどこかで思っていたからだ。
 それはきっと、出会った当初から彼女を気にかけてしまっていた事や、昨日も追い返さず一緒に昼休みを過ごした事などからも証明されている。海殊の中では、琴葉と特別な関係であると周囲から誤認されるという事に関して、望んでいた部分もあるのだ。

「そんで、デートは!? デートはしたの!?」

 祐樹が琴葉に興味津々な様子で訊いた。

「それが……まだ誘ってくれなくて」

 海殊をちらりと見て、琴葉はしゅんとして視線を落とす。
 それを見た祐樹達三バカが「ぬぁにぃ!?」と身を乗り出して海殊を睨んだ。

「おいこら海殊! こんな可愛い彼女がいるのにまだデートに誘ってないってどういう事だ!」
「そーだそーだ! ふざけんなよこの甲斐性なし!」

 更なる頭痛が海殊を襲った。
 そもそも一昨日付き合い出したばかりという設定なのだから、デートも糞もないと思うのだが、そのあたりの事はすっ飛ばしているらしい。
 琴葉はと言うと、ちらりとこちらを見て笑いを堪えている。海殊が困っている様子を見て楽しんでいる様だ。

「そうだ、海殊! 明日休みだから、お前らデートしろ!」
「そーだそーだ! デートしろ、デート!」
「は!?」

 確かに明日は学校が臨時休校で休みである。しかし、だからと言っていきなりデートに結びつく意味がわからない。

「いや、でもデートとかした事ないし……」
「それなら僕が手ほどきをしてやる! 僕に任せろ!」

 祐樹がどん、と自らの胸を叩いて言った。
 お前もデートした事ないだろ、というツッコミは彼の名誉の為に何とか胸の中に押し留めた。
 琴葉は緊張した面持ちで海殊の見て、返事を待っていた。クラスの他の連中も聞き耳を立ててこちらの会話を伺っている。この状態では逃げ切る事は難しいだろう。

「じゃあ……明日、デートするか?」

 海殊は視線を明後日の方向に向けながら、訊いた。

「……うん。海殊くんとデート、したいな」

 琴葉が心底嬉しそうにはにかんでそう言うものだから、海殊は「わかったよ」と答えるしかない。
 どういうわけか勝手に付き合っている事になっていて、勝手にデートの予定も立てられていた。半ば無理矢理である事には変わりない。しかし、海殊の中には「どうにでもなれ」という気持ちの他に、別の感情があったのは言うまでもなかった。