公園を一周してもう一度公園通りに戻ってくると、例のソーセージ屋さんに寄った。
 夏場な事もあってテイクアウトで食べる人は少ないらしく、日曜にも関わらず並ばずに済んだのは幸運だ。なお、店内は冷房を求めているお客さんが多いせいか、混んでいた。ジャンボフランクは店頭でそのまま買えて、パンを用いるホットドッグは店内で買わなければならないらしい。
 買い食いをして歩きたかったので、二人してジャンボフランクを買った。海殊はノーマルのプレーン、琴葉はほうれん草チーズを注文していた。他にもドイツ串やハムステーキなどがあったが、互いにジャンボフランクを頼んだのは、何となく食べやすそうだったという理由だった。

「おいしいっ」

 ひと口食べて、琴葉が顔を綻ばせた。
 海殊も「美味いな」と正直な感想を漏らしながら、ソーセージを頬張る。海殊が頼んだのはノーマルタイプだが、ジューシーで肉汁が口の中で溢れてくるのだ。なかなか癖になる味で、もう一本食べたくなってしまう。

「うーん、こんなに美味しいものが近くにあったならわざわざサンドイッチ作らなくてもよかったなぁ」

 ほうれん草チーズソーセージを食べながら、琴葉がぽそりと漏らした。

「いや、あれはあれで美味しかったから……あってよかった」

 海殊は思わず彼女の言葉を否定していた。
 駅周辺なので食べるところが多い事は彼女もわかっていたはずだ。それでもわざわざサンドイッチを作ったという事は、きっとそれだけ今日という一日を楽しみにしてくれていたのだと思うのだ。その楽しみやワクワクといったものまで否定したくなかった。
 少なくとも、彼女にとっても海殊にとっても、このデートは人生で初めてで、初めての経験というものは人生で替えが利かないものだ。それこそ、記憶でも消えない限り。

「ほんと?」
「ああ。もっと食べたかったな」
「やったっ。じゃあ、今度はもっとたくさん作るね!」

 そう言って嬉しそうにガッツポーズを取る琴葉はやっぱり可愛くて、海殊の頬も緩んだ。
 何より、『今度は』という言葉。ここから『また行きたい』という意思も感じられたので、ほっとしたというのもあった。どうやら昨夜から考えていたプランは間違いではなかったらしい。

「あ、そろそろ映画館に行かないと」

 海殊は通りあった柱時計を見て、思わずそう言葉を漏らす。
 時刻は三時前。三時半から映画が上映されるのだ。特別見たい映画というわけでもないのだけれど、夏場の午後三時はかなり暑い。この時間帯は涼しい映画館で映画でも見て、暑さを凌ぐのに丁度良いのだ──と、デート情報サイトに書いてあった。

「映画? 何を見るの?」
「琴葉も知ってるよ」
「……?」

 首を傾げる彼女を連れて、そのまま映画館へと向かった。もちろんチケットは先程の下見の際に購入済で、見やすい場所を取っている。

「涼しいー!」
「だろ」

 少し胸を張って応える海殊。全てサイトから仕入れた知恵だが、こうして素直に喜んでもらえると、男はそれだけで鼻が高くなってしまうものだ。

「あ、『記憶の片隅に』映画化してたんだ!? 知らなかった!」

 映画館の入り口に貼ってあった大きなポスターを見て、驚きの声を上げた。
 以前彼女が読んだ事があると言っていた恋愛小説が先週から映画公開されていたのを思い出したのだ。原作小説はべたべたな三角関係の恋愛小説だったのだが、映画化に当たってかなりのオリジナル要素が加えられたらしい。
 SNSの反応を見ている限りでは、それが好評な様だったので、見たい映画ではあったのだ。

「好きそうだなって思ってさ」
「さすが。よくわかってるね」

 琴葉のそんななんともない一言に、海殊は思わずドキドキしてしまう。彼女の事を理解できておると思うと、それだけで嬉しかった。
 二人は売店でポップコーンと飲み物を買うと、上映場所へと入って指定した席に腰掛けた。
 映画館独特の香りとポップコーンの塩気のある匂いが混じり合い、知らずとしてテンションが上がっていた。

「映画館……久しぶりだなぁ」

 琴葉は座席に座ると、懐かしむ様にしてシートに触れた。

「映画館、あんまり来ないのか?」
「高校に入る前までは、よく来てたんだけどね」
「高校に入ってから、か。忙しくなったとか?」
「うん……そんな感じ」

 理由を訊こうと思ったタイミングで、天井の照明が消えて、スクリーンに映画のCMが流れ始めた。
 低音が利いていて、身体の芯まで振動が伝わってくる。今はホラー映画の告知で、隣の琴葉が思わず身体をびくっと震わせていた。
 ちらりと隣の彼女を覗き見る。久々に映画館で映画を見るという彼女は、瞳をキラキラと輝かせて巨大スクリーンを見つめていた。

(……何で映画館に来なかったんだろうな)

 楽しそうに映画を見ている琴葉を見て、ふとそんな感想を抱く。その瞳から伝わってくるのは、映画が好きで堪らないといった感情だった。それだけ好きならば、もっと来ていそうなものなのに。
 そんな事を考えているうちに、映画『記憶の片隅に』が始まったので、海殊もスクリーンへと視線を移す。
 所々に感じる彼女への違和感。そんなものを、見て見ぬふり、或いは気のせいだと思う様にしていた。
 それはきっと、彼女と過ごす時間が、何よりも楽しかったからだ。