琴葉はもう既に待っているらしいので、急いで待ち合わせ場所に向かった。デートの下見に行っていて女の子を待たせるのは、あまりにかっこ悪い。
それに、琴葉の容姿だ。あまり待たせれば、声を掛けられてしまうかもしれない。争い事が苦手な海殊からすれば、そういった面倒は避けたかった。
駅ナカの通路を抜けて、エスカレーターを上がる。待ち合わせの場所の南口だ。
(そういえば『楽しみにしてろ』って母さんのメッセージに書いてあったけど、何の事だろうか?)
海殊はふと春子からのメッセージを思い返すが、その答えはエスカレーターを上がってすぐにわかった。探すまでもなく、一瞬にして人目を惹く女の子が視界に入ってきたのだ。
まるで天使の様に白い女の子が、切符販売機の近くで佇んでいる。恥ずかしそうにもじもじとしながら、ランチボックスの取っ手部分を爪でかりかりと削っていた。
琴葉は白い無地のボタンデートワンピースを纏っていた。ハイウェストで絞められたベルトが、彼女の身体のラインの細さを際立たせている。ポロネックになっているせいか、どことなく大人っぽい雰囲気すら感じさせられた。透け感もあるが、それが決して下品ではなくて、彼女の雰囲気も相まってより清楚さを強めている様にも思える。
遠くから見ても、一瞬で目を奪われて釘付けになってしまった。それほどまでに彼女は美しかったのだ。それを象徴すべく、周囲の男達も彼女に視線を送っている。
琴葉は海殊に気付くと、小さく手を振ってから小走りで駆け寄ってきた。手に持っていたランチボックスが揺れている。
「急がせちゃった?」
「いや、全然。こっちこそなんか待たせてちゃってごめんな。てか、その服どうした?」
「あ、うん……今日海殊くんとデートするって言ったら、おばさんが服を買ってくれて」
「ああ、それでか」
そこでようやく『楽しみにしてろ』のメッセージの意味がわかった。春子が琴葉の服を見繕ったのだろう。
「それで……どう?」
「え?」
「ちょっと大人っぽいかなって思ったんだけど……似合ってる、かな」
琴葉は自信無さげに、上目で見ながら訊いてきた。その仕草があまりに可愛くて、海殊の心臓が高鳴る。
「あっ……うん。可愛いと思うよ」
「そ、そっか。ありがとう」
素直に本心を答えると、彼女は面映ゆげにはにかんだ。
「じゃあ、えっと……行こうか」
「うんっ」
こうして、初めてのデートが始まった。
まずは最初に予定していた通り、公園に向かった。お弁当を食べられる場所も予め下見してあるので、場所探しでおろおろする必要もなかった。もちろん、日陰のベストスポットだ。このあたりは下見の成果である。
ただ、彼女は彼女で服を買う為に早めに出掛ける事になり、予定の半分もお弁当を作れなかったのだと言う。結果、手早く作れるサンドイッチだけになったのだそうだ。
「ああ……それなら、後で買い食いでもしようか」
それを聞いて、海殊はすぐさま提案する。先程見掛けた公園通りのドイツ料理屋さんが思い浮かんだのだ。
こうした不測の事態に対応できるのも、下見の成果と言えるだろう。
それから夏の公園できゃっきゃと遊ぶ子供達の声やデートをするカップルを眺めながら、木陰のベンチで琴葉の作ったサンドイッチを食した。
今日から梅雨明けだそうで、天気は良好。夏の日差しが容赦なく降りかかっているが、それでも木陰にいるとあまり暑さは感じない。ミンミンゼミが喧しく鳴いているけれど、時折吹いてくる涼しい風が心地良かった。
そんな夏の景色が、彼女の作ったサンドイッチの味をよりよくしている。
(こんな時間を過ごせるとは思わなかったな……)
お茶を飲みつつ原っぱで子供達が炎天下で遊び回るのを眺めながら、海殊はふとそんな事を思う。
彼はどちらかと言うと、インドアだ。こうして夏に外で昼食を取るという選択肢などこれまでになかった。
だが、たまにはこうして自然に触れながら食事を摂るのも悪くないな、と思わされたのだ。
そう思えた要因にはきっと彼女が隣にいるからなのだろう──そう思って琴葉をこっそり盗み見る。
彼女は何かを懐かしむ様な顔で、原っぱで遊び回る子供達を見ていた。
(あれ……?)
その表情は何かを懐かしんでいると同時にやけに寂しそうで、横から見ている限り、少し瞳が潤んでいる様にも見えた。
「琴葉……?」
気になって声を掛けると、彼女は「え?」とこちらを向いて、「あっ」と声を上げた。そして、目尻から零れそうだった涙を慌てて拭う。
「どうした? どこか具合悪いのか?」
「ち、違う違う。ちょっと目にゴミが入っただけだよ。気にしないで」
そう言って笑う琴葉は、やっぱりどこか寂し気だった。
尤も、それ以上の事など海殊には踏み込めなかった。複雑な家庭環境にありそうな彼女の懐に、どこまで踏み込んでいいのかの見当もつかなかったからだ。
昼食を終えてからは公園をぐるっと一周回った。
人が集まっていたので何だろうと近寄ってみると、大道芸人が持ち芸を披露していた。先程下見をした時にはいなかった人だ。暑い中汗をかきながら、必死に技を見せている。
中でも、刃物を使った芸は、偽物だとわかっていてもらはらしてしまう。その芸が成功した時は琴葉と一緒に拍手を送った。「すごいすごい!」と嬉しそうに言う琴葉の笑顔が印象的で、大道芸人には悪いけれど、笑顔の方が見る価値があると思えてしまう。
ただ、きっと海殊のそんな内面を芸人も見抜いていたのだろう。オーディエンス参加型の芸の際に「そこの可愛い子ちゃんの横にいる君!」と見事抜擢されてしまって、前に駆り出されて芸を手伝わされる羽目となったのだ。
結果は、大ミス。高い三輪車に乗る芸人が持つ剣の玩具の上に輪投げを放り投げるだけだったのだが、海殊の投げた輪っかは芸人の顔面に直撃した。周囲の観客は大爆笑で、芸人共々赤っ恥をかくという散々な結末を終えたのだった。
「ああ……最悪だ。死にたい……」
人前に立つ事に慣れていない上に芸人にも恥をかかせてしまった罪悪感から、海殊は蹲った。
一方の琴葉は、そんな海殊を見て楽しそうにしている。
「あんまり気落ちしないで、海殊くん。芸人さんも気にしないでって言ってたでしょ?」
「いや、あれ絶対気休めだろ」
芸が終わった時に、海殊があまりに落ち込んでいるものだから、大道芸人も「よくある事だから気にしないで下さい」と笑って慰めてくれていた。ただ、内心では怒っているに違いない。目が笑っていなかったのである。
「何で俺を選ぶんだよ……」
「きっと、芸人さんも自分じゃなくて、隣の女の子ばっかり見てる海殊くんが気に入らなかったんじゃないかなー」
「え、何で知ってるんだよ!?」
琴葉の指摘に、海殊が吃驚の声を上げた。
盗み見ている事がバレているとは思っていなかったのだ。
「えっ!?」
それに対して驚いてこちらを見たのは琴葉だ。みるみるうちに顔を赤くしていた。
「え? 何?」
「ご、ごめん……恥ずかしがらせようと思って、冗談で言ってみただけだったんだけど」
まさか本当に見てたなんて、と付け足して俯いた。
「えっ……」
互いに地雷を踏んでしまい、二人共黙り込んでしまった。
そこから少し気まずい思いをしながら、公園を回ったのだった。
それに、琴葉の容姿だ。あまり待たせれば、声を掛けられてしまうかもしれない。争い事が苦手な海殊からすれば、そういった面倒は避けたかった。
駅ナカの通路を抜けて、エスカレーターを上がる。待ち合わせの場所の南口だ。
(そういえば『楽しみにしてろ』って母さんのメッセージに書いてあったけど、何の事だろうか?)
海殊はふと春子からのメッセージを思い返すが、その答えはエスカレーターを上がってすぐにわかった。探すまでもなく、一瞬にして人目を惹く女の子が視界に入ってきたのだ。
まるで天使の様に白い女の子が、切符販売機の近くで佇んでいる。恥ずかしそうにもじもじとしながら、ランチボックスの取っ手部分を爪でかりかりと削っていた。
琴葉は白い無地のボタンデートワンピースを纏っていた。ハイウェストで絞められたベルトが、彼女の身体のラインの細さを際立たせている。ポロネックになっているせいか、どことなく大人っぽい雰囲気すら感じさせられた。透け感もあるが、それが決して下品ではなくて、彼女の雰囲気も相まってより清楚さを強めている様にも思える。
遠くから見ても、一瞬で目を奪われて釘付けになってしまった。それほどまでに彼女は美しかったのだ。それを象徴すべく、周囲の男達も彼女に視線を送っている。
琴葉は海殊に気付くと、小さく手を振ってから小走りで駆け寄ってきた。手に持っていたランチボックスが揺れている。
「急がせちゃった?」
「いや、全然。こっちこそなんか待たせてちゃってごめんな。てか、その服どうした?」
「あ、うん……今日海殊くんとデートするって言ったら、おばさんが服を買ってくれて」
「ああ、それでか」
そこでようやく『楽しみにしてろ』のメッセージの意味がわかった。春子が琴葉の服を見繕ったのだろう。
「それで……どう?」
「え?」
「ちょっと大人っぽいかなって思ったんだけど……似合ってる、かな」
琴葉は自信無さげに、上目で見ながら訊いてきた。その仕草があまりに可愛くて、海殊の心臓が高鳴る。
「あっ……うん。可愛いと思うよ」
「そ、そっか。ありがとう」
素直に本心を答えると、彼女は面映ゆげにはにかんだ。
「じゃあ、えっと……行こうか」
「うんっ」
こうして、初めてのデートが始まった。
まずは最初に予定していた通り、公園に向かった。お弁当を食べられる場所も予め下見してあるので、場所探しでおろおろする必要もなかった。もちろん、日陰のベストスポットだ。このあたりは下見の成果である。
ただ、彼女は彼女で服を買う為に早めに出掛ける事になり、予定の半分もお弁当を作れなかったのだと言う。結果、手早く作れるサンドイッチだけになったのだそうだ。
「ああ……それなら、後で買い食いでもしようか」
それを聞いて、海殊はすぐさま提案する。先程見掛けた公園通りのドイツ料理屋さんが思い浮かんだのだ。
こうした不測の事態に対応できるのも、下見の成果と言えるだろう。
それから夏の公園できゃっきゃと遊ぶ子供達の声やデートをするカップルを眺めながら、木陰のベンチで琴葉の作ったサンドイッチを食した。
今日から梅雨明けだそうで、天気は良好。夏の日差しが容赦なく降りかかっているが、それでも木陰にいるとあまり暑さは感じない。ミンミンゼミが喧しく鳴いているけれど、時折吹いてくる涼しい風が心地良かった。
そんな夏の景色が、彼女の作ったサンドイッチの味をよりよくしている。
(こんな時間を過ごせるとは思わなかったな……)
お茶を飲みつつ原っぱで子供達が炎天下で遊び回るのを眺めながら、海殊はふとそんな事を思う。
彼はどちらかと言うと、インドアだ。こうして夏に外で昼食を取るという選択肢などこれまでになかった。
だが、たまにはこうして自然に触れながら食事を摂るのも悪くないな、と思わされたのだ。
そう思えた要因にはきっと彼女が隣にいるからなのだろう──そう思って琴葉をこっそり盗み見る。
彼女は何かを懐かしむ様な顔で、原っぱで遊び回る子供達を見ていた。
(あれ……?)
その表情は何かを懐かしんでいると同時にやけに寂しそうで、横から見ている限り、少し瞳が潤んでいる様にも見えた。
「琴葉……?」
気になって声を掛けると、彼女は「え?」とこちらを向いて、「あっ」と声を上げた。そして、目尻から零れそうだった涙を慌てて拭う。
「どうした? どこか具合悪いのか?」
「ち、違う違う。ちょっと目にゴミが入っただけだよ。気にしないで」
そう言って笑う琴葉は、やっぱりどこか寂し気だった。
尤も、それ以上の事など海殊には踏み込めなかった。複雑な家庭環境にありそうな彼女の懐に、どこまで踏み込んでいいのかの見当もつかなかったからだ。
昼食を終えてからは公園をぐるっと一周回った。
人が集まっていたので何だろうと近寄ってみると、大道芸人が持ち芸を披露していた。先程下見をした時にはいなかった人だ。暑い中汗をかきながら、必死に技を見せている。
中でも、刃物を使った芸は、偽物だとわかっていてもらはらしてしまう。その芸が成功した時は琴葉と一緒に拍手を送った。「すごいすごい!」と嬉しそうに言う琴葉の笑顔が印象的で、大道芸人には悪いけれど、笑顔の方が見る価値があると思えてしまう。
ただ、きっと海殊のそんな内面を芸人も見抜いていたのだろう。オーディエンス参加型の芸の際に「そこの可愛い子ちゃんの横にいる君!」と見事抜擢されてしまって、前に駆り出されて芸を手伝わされる羽目となったのだ。
結果は、大ミス。高い三輪車に乗る芸人が持つ剣の玩具の上に輪投げを放り投げるだけだったのだが、海殊の投げた輪っかは芸人の顔面に直撃した。周囲の観客は大爆笑で、芸人共々赤っ恥をかくという散々な結末を終えたのだった。
「ああ……最悪だ。死にたい……」
人前に立つ事に慣れていない上に芸人にも恥をかかせてしまった罪悪感から、海殊は蹲った。
一方の琴葉は、そんな海殊を見て楽しそうにしている。
「あんまり気落ちしないで、海殊くん。芸人さんも気にしないでって言ってたでしょ?」
「いや、あれ絶対気休めだろ」
芸が終わった時に、海殊があまりに落ち込んでいるものだから、大道芸人も「よくある事だから気にしないで下さい」と笑って慰めてくれていた。ただ、内心では怒っているに違いない。目が笑っていなかったのである。
「何で俺を選ぶんだよ……」
「きっと、芸人さんも自分じゃなくて、隣の女の子ばっかり見てる海殊くんが気に入らなかったんじゃないかなー」
「え、何で知ってるんだよ!?」
琴葉の指摘に、海殊が吃驚の声を上げた。
盗み見ている事がバレているとは思っていなかったのだ。
「えっ!?」
それに対して驚いてこちらを見たのは琴葉だ。みるみるうちに顔を赤くしていた。
「え? 何?」
「ご、ごめん……恥ずかしがらせようと思って、冗談で言ってみただけだったんだけど」
まさか本当に見てたなんて、と付け足して俯いた。
「えっ……」
互いに地雷を踏んでしまい、二人共黙り込んでしまった。
そこから少し気まずい思いをしながら、公園を回ったのだった。