*

「桔梗さま、元気にしてるかなぁ」

 手紙を折りたたんで、がまぐちのポシェットに戻す。
 そして、遥か遠く、おぼろに霞む懐かしい景色を見つめた。

「桔梗さま、待っててくださいね……! すぐさまあなたのところへ辿り着いて見せますよ……っ!」

 グッと拳を握りこむわたしに、船を漕いでいた妖狐が振り返る。

「気をつけなければなりませんよ」
「何か、あるんですか」

 彼の重い表情に、つばを呑み込む。

「──監視人がおります」

「監視人……?」
「監視人とは、あやかしの世に居る者を、あやかしの世にふさわしい者かどうか、判断する者です。
 ──ふさわしくないと判断されては、喰い殺されてしまう」
「く、喰い殺されるっ!?」
 
 物々しい響きに、冷や汗がこめかみを伝う。
 喰い殺されたら、桔梗さまに会えないまま死んでしまう。
 もしそうなったら、あの世で後悔に押し潰されてしまうかも。
 それとも、この世に未練がありすぎて、地縛霊になっちゃう?
 おどろおどろしい自分の姿を想像して、背中が凍る。
 嫌な想像を振り払うように顔を振って、森の奥、桔梗さまのいるであろう場所を見すえた。

          *

「到着いたしました」

 桟橋に船体が当たって、衝撃がやってくる。
 見上げると、遠くで見るよりもずいぶん大きな森。
 あまりの大迫力に、心臓がドッドッと早鐘を打ち始める。
 ここに監視人がいる思うと、無意識に背筋がピンと伸びる。

「ふさわしくない、と言っても、あやかしの世を乱すような動きをしなければ大丈夫です。喰い殺されるようなことは、まずないでしょう」

 妖狐が舟と桟橋とを綱で結びながら続ける。
 
「大丈夫ですよ。せっかく当選したんですから、悔いのないようにお過ごしください」

「──それでは、お楽しみください。」

 黒い影は、わたしを送り出すようににっこりと笑った。