すごくきれいな花が見えた。
 紫色の、星みたいな形の花。

 そのときのわたしはまだ5歳で、ただ花がほしい、その一心で。
 それだけで、鳥居の奥へ足を踏み入れてしまったんだ。

 でも、見つけたはずの星の花がなくて、もっと奥へ花を探しに行った。
 だけど、そんなの見つかるはずもなくて。

 気づいたときには、迷子になっていた。
 知らない場所で、ひとりぼっち。
 どこに行けばいいのかも、どうすれば帰れるのかも、なんにも分からなかった。
 心細くて、怖くって。
 思わず泣いてしまった。

『こんなところで、どうしたんだい?』

 そこに現れたのが、桔梗さまだった。
 翠色をした瞳を細めて、小さなわたしと目線を合わせるために、かがんでくださった。
 だけど、彼の見た目は20代。
 当時のわたしは、急に現れたお店が怖くて、号泣してしまった。
 
『触ってごらん。ぼくの耳もしっぽも、ふわふわだろう。』

 言われた通りに白いしっぽをなでると、ふわふわで、もふもふで。
 凍えきった心が、桔梗さまのぬくもりで満たされていったんだ。

『あったかい! もふもふ!』
『そうか。もう泣くことはないよ。ぼくが家まで帰してやろう』

 桔梗さまは、ひとりぼっちの中に現れた、あたたかい光だった。
 
 彼は、鳥居のところに着くまで、手を繋いで送り届けてくれた。
 わたしが怯えないように、楽しい話をしてくれたの、今でも覚えてる。
 
『それじゃあ、紬。さよならの時間だよ』
『いやだぁっ! ずっといっしょじゃなきゃやーっ!』

 すっかり懐いてしまったわたしに、桔梗さまは苦笑して、

『これが欲しかったんだろう? 桔梗、と言うんだよ。美しい花だ』

一輪の桔梗の花を、わたしに握らせてくれた。

『この花は、紬を守ってくれる、お守りだからね。ぼくの魂を込めてあるから、この花をぼくだと思って、大切にしなさい。』

 今思えば、わたしを守ってくれるとか、魂を込めてあるとか、そんなの嘘だ。
 だけど、桔梗さまの優しさは、嘘じゃない。本物だった。

『またあえる?』
『さぁ、どうだろう。紬がいい子にしてれば、神さまが会わせてくださるかもしれないね』
『じゃあいいこする!』
『そうかい。いい子なら、鳥居の向こうに帰らなくてはいけないよ』

 彼に手を振って、言葉に従い鳥居をくぐった。
 また桔梗さまに会いたかったから。
 鳥居の向こうで振り返ると、桔梗さまの優しい微笑みはすっかり見えなくなっていた。

 だけど、強く握りしめた桔梗の花が、あれは現実の出来事なんだって教えてくれた。

 桔梗さまは、わたしの大切なお方だ。
 命の恩人でもあるけど、それだけじゃない。
 ずーっとあの優しさに包まれていたくて、彼の優しさに触れると心臓がギュンッと苦しくなる。
 ──ひとは、これを恋と呼ぶらしい。

 大切な、愛する桔梗さま。
 ずっと覚えていたくって、桔梗の花をドライフラワーにしてもらった。

 彼は、自分のことを『おくりいぬ』としか名乗らなかった。
 だから、桔梗の花の思い出になぞらえて、『桔梗さま』とお呼びしているんだ。