放課を告げるチャイムが、耳を右から左へと通り抜けていく。
今朝、桔梗さまのことを思い出してから、何も考えられなくなってしまった。
「紬!」
ダン、と勢いよくわたしの机を叩いた色白の手。
「部活行かないの?」
「うん……行けない……」
今は、部活に行くほど心の余裕がない。
そんなわたしを見て、凛はじゃあ、と口を開く。
「公園行こ」
凛はにっこり笑って、半ば強引にわたしの手を掴んだ。
*
「はい、抹茶ラテ。紬好きだったよね?」
冷たいペットボトルを渡される。
抹茶ラテは、昔に桔梗さまがおすすめしてくれたもの。
「なんか、紬変わったよね。三つ編みでハーフアップなんて、はじめてじゃん。かわいいよ」
この髪型は、桔梗さまがかわいいって言ってくださったから。
それに、雪さんが結ってくれたのを解いてしまったら、絆まで解けてしまうんじゃないかって怖くて。
「部活も行かないなんて、珍しいよね。いつも花の絵描きに行くのに」
桔梗さまに『さようなら』なんて言われたら、もう花の絵なんて描いても意味がないような気がするんだ。
凛は黙ったままのわたしをじっと見つめて、大きくため息をつく。
「何があったの? 急に泣き出すし、あからさまに元気ないし。私に教えてよ」
「信じられるような話じゃないよ……」
あやかしの存在とか、昨日まであやかしの世でいたこととか。
全部、わたしの夢だったのかなって不思議になるような話だ。
「わたしは信じるよ。紬、嘘つけないし」
凛の真っ直ぐな目に押し負けて、あやかしのことは伏せてだけど、結局話してしまった。
小さいころにわたしを助けてくれたひとがいて、ずっと好きなこと。
遠く離れたところにいる彼に会いに行っていたけど、もう会えないんだということ。
彼と手紙をやりとりしていたけど、それも終わってしまうこと。
わたしの想いを伝えるのは怖かった。
でも、それよりも、大丈夫だよって慰めてほしかった。
「……辛いね」
“辛い”って言葉が、すとんと胸に落ちた。
カチッと音を立ててピースがはまるみたいに、ぴったりと今の気持ちを表す言葉。
桔梗さまとの別れが、辛いんだ、わたし。
「このまま会えなくなっちゃうなんて、嫌だよ……っ。凛、助けて……」
「紬、やっぱり変わったよ。紬は優しいから自分を引っ込めちゃうとこあるでしょ? そのひと、助けを求められるくらいに変えてくれたひとなんだね」
わたしの肩を抱きしめる凛のぬくもりに、また涙が出てきてしまう。
そうだ。桔梗さまは、わたしを変えた。
好き。嬉しさ。悲しみだとか、怒りだとか。
いろんな気持ちを教えてもらった。
桔梗さまがいなかったら、わたしは違う生き方をしてるはずだ。
桔梗さまは、わたしの人生を変えてくれたひと。
「また会いたいって思うんでしょ?」
もちろんだ。
桔梗さまに会いたくないわけがない。
凛の言葉に深く頷くと、彼女はひたとわたしを見つめる。
「ひととひととの繋がりって、脆いんだよ。どれだけ長い間積み上げてきたものでも、ちょっとしたことで崩れ落ちちゃう。だから、手放したくないって思うんだったら、自分から掴みに行かなきゃ。
拒絶れたらどうしようって怖いのも分かるよ。でも、自分が動かなきゃどんどん距離が離れていくだけなんだよ」
凛の言葉を心の中に刻み込む。
そして、桔梗の花を手に立ち上がる。
桔梗さまの手、掴みに行く。
振り解かれても、何回だって掴み直すんだ。
「手紙出してみるね。……ありがとう、凛」
「元気出してくれてよかった。私、応援してるから」
頑張れ、とわたしの肩を叩いた凛に手を振って、家に向かって全力で駆け出した。
今朝、桔梗さまのことを思い出してから、何も考えられなくなってしまった。
「紬!」
ダン、と勢いよくわたしの机を叩いた色白の手。
「部活行かないの?」
「うん……行けない……」
今は、部活に行くほど心の余裕がない。
そんなわたしを見て、凛はじゃあ、と口を開く。
「公園行こ」
凛はにっこり笑って、半ば強引にわたしの手を掴んだ。
*
「はい、抹茶ラテ。紬好きだったよね?」
冷たいペットボトルを渡される。
抹茶ラテは、昔に桔梗さまがおすすめしてくれたもの。
「なんか、紬変わったよね。三つ編みでハーフアップなんて、はじめてじゃん。かわいいよ」
この髪型は、桔梗さまがかわいいって言ってくださったから。
それに、雪さんが結ってくれたのを解いてしまったら、絆まで解けてしまうんじゃないかって怖くて。
「部活も行かないなんて、珍しいよね。いつも花の絵描きに行くのに」
桔梗さまに『さようなら』なんて言われたら、もう花の絵なんて描いても意味がないような気がするんだ。
凛は黙ったままのわたしをじっと見つめて、大きくため息をつく。
「何があったの? 急に泣き出すし、あからさまに元気ないし。私に教えてよ」
「信じられるような話じゃないよ……」
あやかしの存在とか、昨日まであやかしの世でいたこととか。
全部、わたしの夢だったのかなって不思議になるような話だ。
「わたしは信じるよ。紬、嘘つけないし」
凛の真っ直ぐな目に押し負けて、あやかしのことは伏せてだけど、結局話してしまった。
小さいころにわたしを助けてくれたひとがいて、ずっと好きなこと。
遠く離れたところにいる彼に会いに行っていたけど、もう会えないんだということ。
彼と手紙をやりとりしていたけど、それも終わってしまうこと。
わたしの想いを伝えるのは怖かった。
でも、それよりも、大丈夫だよって慰めてほしかった。
「……辛いね」
“辛い”って言葉が、すとんと胸に落ちた。
カチッと音を立ててピースがはまるみたいに、ぴったりと今の気持ちを表す言葉。
桔梗さまとの別れが、辛いんだ、わたし。
「このまま会えなくなっちゃうなんて、嫌だよ……っ。凛、助けて……」
「紬、やっぱり変わったよ。紬は優しいから自分を引っ込めちゃうとこあるでしょ? そのひと、助けを求められるくらいに変えてくれたひとなんだね」
わたしの肩を抱きしめる凛のぬくもりに、また涙が出てきてしまう。
そうだ。桔梗さまは、わたしを変えた。
好き。嬉しさ。悲しみだとか、怒りだとか。
いろんな気持ちを教えてもらった。
桔梗さまがいなかったら、わたしは違う生き方をしてるはずだ。
桔梗さまは、わたしの人生を変えてくれたひと。
「また会いたいって思うんでしょ?」
もちろんだ。
桔梗さまに会いたくないわけがない。
凛の言葉に深く頷くと、彼女はひたとわたしを見つめる。
「ひととひととの繋がりって、脆いんだよ。どれだけ長い間積み上げてきたものでも、ちょっとしたことで崩れ落ちちゃう。だから、手放したくないって思うんだったら、自分から掴みに行かなきゃ。
拒絶れたらどうしようって怖いのも分かるよ。でも、自分が動かなきゃどんどん距離が離れていくだけなんだよ」
凛の言葉を心の中に刻み込む。
そして、桔梗の花を手に立ち上がる。
桔梗さまの手、掴みに行く。
振り解かれても、何回だって掴み直すんだ。
「手紙出してみるね。……ありがとう、凛」
「元気出してくれてよかった。私、応援してるから」
頑張れ、とわたしの肩を叩いた凛に手を振って、家に向かって全力で駆け出した。