桔梗さまがしゅたっと身軽に着地する。

「うん。川まであと少しみたいだね」

 川まで着けば、舟に乗ってひとの世へ帰れる。
 でも、だからと言って安心できる状況でもない。
 桔梗さまによると、監視人は迫ってきているんだそう。
 しかも、“終わり”まであと2日しかない。

「もう少しだけど、ここからが要注意だ」

 重い表情の桔梗さまに、ちょっとでも負担が軽くなるように、ニッと笑いかけてみる。
 桔梗さまに、背負い込んで欲しくない。

「大丈夫です、桔梗さま。きっと無事に帰れます」
「あの時とは違います。あやかしが2人いるもの。それに、紬は強い子だわ。だから大丈夫」

 勇気づけるように微笑む雪さん。
 桔梗さまはわたしたちを見て、強張った表情を緩めた。

「ありがとう。2人に気を遣われるようじゃいけないね。必ず守るから安心しておくれ」

 桔梗さまは、優しくわたしの頭に触れる。
 わしゃわしゃっと撫でられて、大丈夫って言われてるみたいに心が温まってくる。
 桔梗さまを励ましたかったのに、わたしの方が励まされてるなんて、なんだか不思議だ。

         *

 あれからだいぶ歩いて、だんだん木が少なくなってきた。
 もう川はすぐそこだ。

「ねぇ送り犬さま、風が強くありません?」
「確かにそうだね。少し見てくる」

 手近にあった木に登った桔梗さまの顔が、あからさまに強張った。
 たぶん、監視人が来たんだ。
 強く吹く風に、木がザワザワと揺れる。
 まるで、わたしの不安を表してるみたいに。

「紬、ここに隠れていなさい」

 強引に茂みの影に座らされる。

「嫌です! だって、わたしは桔梗さまを守るって約束した!」
「きみがここに隠れていることが、いちばんの安全なんだよ」

 ──当選者だから殺す。
 桔梗さまの言葉が頭に蘇ってくる。
 彼らはわたしを殺しにきてる。
 だから、わたしが見つからなければ、桔梗さまと雪さんは無事でいられる。

「……分かりました」

 正直、自分の命が狙われてるのはすごく怖い。
 光が見えない真っ暗闇に、1人で放り込まれたような恐怖。
 震えが止まらないわたしの手を、優しく包み込んだ、骨張った大きな手のひら。

「怖いね。だけど、必ずひとの世まで帰すから。少しの間の辛抱だ。これを最期にはしない」

 彼はわたしの手をぎゅっと強く握りしめて、その指を解いてく。
 桔梗さま、必ずですよ。
 絶対、絶対に最期にしないでくださいね。
 桔梗さまが、わたしに目を合わせて優しく微笑む。

「さぁ、戦いの始まりだ」

 彼の決意の滲んだ強い声が、風に流されていった。