好きな人のとなりでいたいって思うのは、本当に正しいことなのかな。
 わたしは、桔梗さまのことが好きすぎて、分かんなくなっちゃった。

 桔梗さまのとなりでいたい。
 だけど、となりでいたら、桔梗さまを傷つけてしまう。
 それが嫌だから、となりでいたくない。

 二分の一の選択だけど、どっちを取るのも正しくないような、そんな気がする。

 愛する人から離れるのは、思ったより、苦しくて、苦い。
 そんな思いを抱きながら、わたしは川沿いを駆けている。

          *

『桜の花が、すごくきれいだよ』
『昨日食べたみたらし団子が美味しかったんだ』
『紬がもう中学生か。早いね。その姿を見てみたいけど、危ないから来てはだめだよ』
『紬、だんだん花の絵が上手くなっているね。紬はすごい子だ』

 たまに見せる厳しさからも優しさが滲み出てるくらい優しいひと。
 食べるのが好きで、お手紙には美味しいものの話が多くて。
 大好きな花の話もよくしてくださった。
 10年間、絶えることなく手紙を送り続けてくださった、本当に優しいひと。
 わたしが愛したあやかしは、腹が立つくらい優しくて、かわいいお方だ。

 そんな彼のことを思い出したら、走るスピードがだんだん遅くなって、歩くのさえもやめてしまった。
 まだ、桔梗さまのぬくもりが頭から離れてくれない。
 ポシェットの中に入れたままだった、桔梗の花を取り出す。
 桔梗さまとの、最初の思い出。
 桔梗さまが存在する証。

「ごめんなさい、桔梗さま……」

 川に桔梗を浮かべる。
 流れに乗ってどんどん遠ざかっていく、紫色の花。
 さようなら、桔梗さま。
 これで、本当のお別れですね。
 悲しいけど、苦しいけど、わたしは前へ進みます。