『あっ! いぬさんっ!』

 ぎゅっと抱きついて来た小娘。
 見下ろすと、数ヶ月前にひとの世へ戻したはずの紬がいた。
 紬の瞳は真っ直ぐで澄んでいて、見つめられると不思議な気持ちになる。
 
『来てはいけないと言ったろう』
『いぬさんにあいたかったから、つむぎ、こっちきた!』
『でもね。喰べられてしまうかもしれないから、早く帰りなさい』
『──知ってます』

 風が巻き起こって、成長した紬の声が聞こえる。

『わたし、帰りますね。今までありがとうございました。──さよなら、桔梗さま』


「待て、紬!」

 鋭い自分の声で目を覚ますと、雪女が振り返った。
 
「送り犬さま、やっとお目覚めに……」
「ずっと寝ていたということかい。烏天狗にやられたあの後から」
「私も気を失っていたので分かりませんが……。目覚めたときには、止血されてましたよ」

 そう言われて、手に巻かれた布に目を落とす。
 花の模様の、かわいらしい手ぬぐい。
 たぶん、紬なんだろう。

「すみません。私が倒れたせいで、紬は姿を消してしまった……」
「やはり、紬は消えたのか。きみは悪くない。全てはぼくのせいだ」
 
 もう少し、ぼくが強ければ。
 紬を安心させるほどの力があれば。
 そうすれば、彼女は今もとなりに居たのだろうか。

『わたし、ずっととなりにいられますか?』

 真っ直ぐに、ぼくを捉えた瞳。

 ちがうな。
 ぼくが紬を守りたいのは、命懸けで守ろうとするのは。
 送り犬だからだけじゃない。
 もっと他の理由があるからだ。

 ぼくは、送り犬としてではなく、
 ──桔梗として、紬のとなりでいたい。