「ん……」

 ふっと意識が浮上する。まず目に入ったのは、アイボリーカラーの天井。知らないものではない、間違いなく自分の部屋のものだ。
 もぞ、と身体を動かすと、自分がベッドの中にいることがわかる。

「……まさか」

 全て夢だったのだろうか。慌てて起き上がるのと、寝室の扉が開くのは同時だった。姿を現したのは、銀の髪に狐の耳を生やし、小さな土鍋の載ったお盆を手にした美青年——コハクだ。

「起きたか」
「え、あ……」

 お盆をベッドサイドのテーブルに置くと、コハクは紗良の額に触れた。おそらく、熱の有無を確認されたのだろう。ほっと息を吐くと「起き上がれるのか」と聞いてくる。
 紗良が頷くと、彼は座りやすいようにクッションをリビングから持ち込んで、紗良の背中に宛がった。

「食欲は?」
「ん……少し」

 言葉少なにコハクが問いかけ、紗良がそれに答える。まるでいつもとは逆の様子に、なんだか紗良はおかしくなってしまった。くすりと笑いをこぼすと、コハクが少しほっとしたような顔をする。

「ほら……食え」
「え、ええ……自分で食べられる……」
「いいから、世話をさせろ」

 ふうふうとスプーンですくったおかゆを冷まし、口元へと運ばれて、紗良は赤面した。だが、有無を言わさぬ彼の様子に、渋々ながら口を開く。
 ほかほかと湯気を立てたおかゆは、なんだか優しい味がした。それから、なんだか懐かしい。
 それほどお腹が空いている感じはしていなかったが、紗良は小さな土鍋一杯分のおかゆをぺろりと平らげてしまった。
 するとコハクが、ほっとしたように口元に笑みを浮かべる。初めて見る表情に、紗良は思わず見とれてしまった。

「紗良」

 改めて名を呼ばれ、頬をそっと撫でられる。慈しむような触れ方に、かっとその場所が熱を持つのを感じた。赤くなってしまったかも、と思うと恥ずかしい。だが、そう思うとさらに顔が熱くなる。
 だけれど、触れる手を振り払うことはできなかった。彼の金色の瞳が、あまりにも柔らかい光を宿して自分を見るから。

「こ、こは……く……」

 震える唇で名前を呼ぶ。すると、惜しいことにコハクははっとしたように表情を引き締めると、頬に触れていた手を引っ込めた。それから、若干固い声で問いかけてくる。

「紗良、どうして今日は、一人で外に出たりしたんだ」

 その質問に、紗良もまた顔を強ばらせた。校舎裏で聞いた会話が、頭の中に蘇る。一瞬目を伏せて、だが紗良は思い切って彼の目を見ると口を開いた。

「コハクが……私に求婚したのは、力目当てだって……」
「……ち、あの時か……」

 紗良の返答を聞いたコハクが、鼻の頭にしわを寄せる。それから、しぶしぶといった調子で口を開いた。