(大通りに行けば見つかるかしら)

 祈るような心地で、走り出す。
 今から向かったところで、エストランテの決まる最後の聖歌にはきっと間に合わない。
 それでも、いい。
 たとえロザリーの歌が聞けずとも、ルキウスが別のご令嬢を連れていようとも。
 とにかく教会に――。

「馬車をお探しかい? お姫さま」

「!!」

 突如手首を掴まれ、振り返る。と、

「迎えに来たよ」

「っ!? ルキ――」

「おっと。それはまだ駄目だよ」

 口元を軽く塞がれたかと思うと、半ば強引に馬車に押し込められた。
 扉が閉まる。口元が離されると同時に、私は「なんっ、どうして……!?」と混乱に声を上げようとした、瞬間。

「ちょっとごめんね」

 バサッと黒いローブが、ドレスを覆うようにして肩に回される。

「な……っ、これ」

「僕の隊のローブ。身を隠すにはちょうどいいから、少し我慢してね」

 ルキウスはそう言いながら、手際よくボタンを留めていく。

(なんでローブ? というか、そもそもどうしてここに、ルキウスが)

 教会は? ご令嬢は?
 混乱に言葉を失う私に、ルキウスはクスリと笑んで、

「時間が惜しいからね。話はまた後でしよう。それと、こっちも失礼するよ」

 すっと片膝をついたかと思うと、ルキウスはあろうことか私の右足を持ちあげた。

「ちょっ、ルキウス様!?」

 私の制止にも「大丈夫。僕しか見ないよ」と返して、あろうことかさらに靴まで脱がしてくる。

「ご、ご自分がなにをしているかわかっておりますの!?」

「もちろん。でもこの靴じゃ、馬に乗れないからね」

「え……?」

 刹那、視界に飛び込んできたのはヒールのないブーツ。
 ルキウスはその靴に私の足を入れながら、

「馬車を使ってたら間に合わないでしょ? でも馬で行けば、最後の聖歌には間に合うよ。僕の馬は主人に似て、とても優秀だからね」

「ルキウス様……」

「馬に乗れるよう練習していた十一歳の負けず嫌いなキミを、めいっぱい褒めてあげてね」

(ルキウス、覚えて)

 本来令嬢に、乗馬の嗜みは必要ない。
 けれども颯爽と馬を乗りこなすルキウスに悔しさを覚えた私は、お父様に頼み込んで乗馬の指南を受けたのだ。
 あれから一度も、馬に乗ってなどいないのに。

("負けず嫌い"ってことは、ルキウスは私が乗馬を始めた理由も知っているのね)

 恥ずかしさよりも諦めが勝ってしまうのは、きっと、相手がルキウスだから。