(……やっぱり、かっこいい)

 アベル様の婚約者になれたなら、こんな横顔も飽きるほどに見れるのかしら。
 いいえ、飽きるなんてあり得ない。だって大好きなのだから。
 いつだって心臓は今のように、バクバクとうるさく跳ねて仕方ないに決まっている。

(って、手を離していただかないと)

 名残惜しさに蓋をしながら、そろりと手を引き抜こうと試みる。
 途端、気づいたらしいアベル様に、ますます力を込められてしまった。

(どうして……?)

 アベル様の目が向く。
 刹那、ふっと甘く緩まる、コバルトブルーの瞳。

「!」

 結局、アベル様の手は、一幕が終わるまで離されることはなかった。
 再び目隠しの柵が上がると、アベル様は上機嫌に口角を上げて、

「楽しめたか?」

(まっっったく集中できませんでしたけど!!??)

 本音の叫びは胸の中。

「ええ、とても」

 なんとか笑顔を貼り付け答えると、アベル様は顔を背けくつくつと喉を鳴らすばり。
 もう、と拗ねた気持ちになっていると、

「……アベル様。少々よろしいでしょうか」

 従者のひとりがアベル様に近づき、

「歌劇場の支配人が、ご挨拶をしたいと」

「……わかった。すまない、すぐに戻る」

「はい。いってらっしゃいませ」

 立ち上がり去っていく背を見送って、私はやっと息が出来た心地で胸を撫で下ろす。
 左手には、まだアベル様のぬくもりが。

(アベル様はどうして、ずっと握ってくださっていたのかしら)

 時折密かに飛んでくる視線に怖気づかないためにと、気を配ってくださったとか。
 うん。きっと、そう。

(舞台に集中出来なかったのは残念だけれど、おかげで顔を伏せてしまうこともなかったもの)

 本当に、お優しい方。
 まるで魔法にかけられているかのような浮ついた心地で、私は鞄を膝に乗せ開けた。
 今のうちに、仮面に歪みがないかを確認しておこうと考えたから。
 けれど――。

「…………あ」

 視界に飛び込んできたのは、一枚のハンカチ。
 赤い薔薇の美しく咲く、ロザリーと約束を交わした、あの。

「――っ!」