いちおう、アベル様はなにやらくっくっと楽し気に喉を鳴らしていらっしゃるので、気分を害してはいないらしい。

 どうせルキウスと結婚する未来なのだからと、恋愛事に興味を持たなかった過去の自分が恨めしい。
 私はなんとか会話をしなければと、

「せ、聖女祭で歌劇場へ赴くのは初めてですので、とても楽しみですわ」

「初めて、なのか?」

「ええ。いつもは教会にお招きいただいておりましたので。その……友人が、おりますの」

 アベル様は「ああ」と気づいたような声をあげ、

「それであの夜、教会にいたのか」

「え、ええ……」

 正確にはアベル様との接点を作るためにと、ロザリーが気を回してくれた結果だったのだけれど。
 偶然にしておいたほうが得策だろうと、私は肯定しておく。

「聖女祭では必ず、"聖女ルザミナ"を上演されていると」

 荒廃したこの国に聖女ルザミナ様が現れ、後に王となる青年と共に平和を取り戻していくお話。
 一幕では主にこの国に平和をもたらすまでの英雄伝を。
 二幕では、王となった青年との恋模様が中心となっていて、意中の相手と観に行くとそれはそれはいい雰囲気になるのだとかなんだかとか……。

(まあ、アベル様はお仕事でのご観覧だし、そうした意図ではないのだろうけれど)

 思った通り、アベル様は微塵の動揺も見せずに、

「そうだ。マリエッタ嬢は聖女についてもよく学ばれているようだから、初めてでも楽しめるだろう」

「どうして私が、聖女について学んでいるとご存じで……?」

「聖歌。歌っていただろう。あれはただ口ずさんでいるのではなく、内容を理解した歌い方だった。加えて、きっと何度も歌っているのだろうと」

「あ……! わ、私の拙い歌など、忘れてくださいませ!」

「それは出来ない。俺にはこれまで耳にしたどの歌よりも心に響いた。叶うことならもう一度と、願ってしまうほどに」

「…………っ!」

 もう無理。全然むり……!!

(ほんっと、アベル様のどこが"堅氷の王子"なの!?)

 ちょっとさすがにそろそろ処理の限界すぎて、心臓が破裂しそうなのだけれど……!!