(ルキウスと婚約破棄した後に、アベル様へ婚約のお伺いを立てやすくしておくためにも……ね)

「……よし」

(ロザリー。必ず約束は守るからね)

 赤い薔薇の咲くハンカチをしっかりと鞄におさめ、ミラーナと共に部屋を出る。
 向かった先。門前で待っていた馬車は一級品の装いだけれども、王家の紋は描かれていない。

 というのも、王家の馬車が我が家に止まっていたと噂されては、せっかくの仮面も意味がなくなってしまうから。
 従者の手を借り、カーテンにて目隠された馬車の中へと乗り込む。と、

「……来てくれて、ありがとう」

「! アベル様……!」

(てっきりアベル様は王家の馬車で向かわれるのかと)

 喉から飛び出してきてそうな心臓を宥めながら、私は対面に腰かけ、

「本日はお招き、ありがとうございます。まさか、アベル様が自らお迎えくださるとは思ってもいませんでしたわ」

「迷惑だったか?」

「とんでもございません! てっきり王家の馬車にて向かわれているものだと思ってたので……驚いてしまっただけにございます」

 馬車が走り出す。アベル様は私を見つめたまま苦笑を浮かべ、

「その発想はなかった。どうやら俺は自分で思っている以上に、マリエッタ嬢をエスコート出来るこの日を待ちわびていたようだ」

「っ!」

(んんんんんんんん王子様っ!!!!!!)

 間違いない。この胸がぎゅんぎゅん荒ぶる感覚。
 やっぱり、やっぱりアベル様こそ、私の王子様……!!!!!

「あ、あの、この仮面も……! 大変美しいものをお贈りいただきまして、ありがとうございます……っ」

「ああ。いくつか悩んだんだが、余計な色のないその白の仮面でやはり良かったようだな。翡翠の瞳が、よく映える。綺麗だ」

「~~~~っ、お、お気遣い頂きまして恐縮ですわっ!」

「世辞ではないぞ?」

「!? た、大変光栄に存じますっ!」

 え? なに??
 もしかして私、今日で人生全ての幸運を使い果たしてしまうのかしら????

(せっかくの好機なんだから、もっと可愛らしい受け答えでアピールをしなきゃなのに……っ!)

 アベル様の言葉を受け止めるのに精一杯で、全く頭が回らない。

(こんなことならもっと、恋愛小説を読んでおけば良かった……!)