理屈じゃない。明確な理由もない。
 そう、これはまるで本能のような、熱く激しく、抗えない感情。

「やっぱり、私はアベル様をお慕いしていますの」

「……そう」

 積み重ねてきたルキウスとの時間は、確かに楽しくて、手放すには名残惜しいものだけれど。

(でも私は、自分の気持ちに素直でありたい)

 これでルキウスとの関係も終わり。
 私は包まれていた右手をするりと引き抜いて、彼の上から離れようと足を下した。刹那。

「――それでも、婚約破棄はしてあげないよ」

「え?」

 腰に回されたのは、力強い腕。
 後ろから抱きしめるようにして、ルキウスが私の耳元に唇を寄せる。

「残念だけど、そんな簡単に"はいそうですか"って引き下がれるほど簡単な気持ちじゃないんだよね。なんせ僕は、十一年も前からキミが可愛くてたまらないのだから」

「っ、やめっ」

 耳を掠める吐息に、ぞくりと背が粟立つ。
 反射的に逃れようと抵抗するも、ルキウスはじゃれる子猫を見るように金色の瞳を細めて、

「マリエッタ、キミはきっと僕を選ぶよ。僕もこれからは我慢しないから、覚悟しててね?」

「~~~~っ!!」

 その自信はいったいどこからくるのかとか、ううん、ルキウスはいつだって自分に自信満々だったなとか。
 一気に溢れる思考で溺れそうになりながらも、私はなんとか一言だけを絞りだしたのだった。

「そうではなくて!! 婚約破棄してくださいませ!!」