遠征の話は聞いていなかったし、たまたま忙しくて寄れなかったのだろうと考えていたのだけれど……。
 その翌日である昨日も、一度も顔を見せに来ていない。

 もしかしたら、今日は朝に来るのかもなんて。
 なんだか落ち着かない心地で早起きをしてしまったけれども、ロザリーと約束していたこの時間まで、やっぱり手紙ひとつもないわけで。

(これはもう、アベル様とのお茶会が原因よね……)

 あの時はああして行っておいでと送り出してくれたけれど、もしかしたら、後に考えが変わったのかもしれない。

 長年、無償の愛を捧げ続けていたにも関わらず、ないがしろにされて。
 他の男性とのお茶会に喜んで赴く薄情な相手をこれ以上想い続けるなど、やっぱり、無理だと。

 チクリ、と。
 突き刺すような胸の痛みに、私は疑問を抱く。

(どうして? もしもこれでルキウスが私に愛想を尽かしてくれれば、めでたく婚約破棄に)

 ――めでたく?

「アベル様との進展もありましたし、ルキウス様にも、そろそろご理解頂ければ良いのですが……。今のままでは、アベル様がどんなにマリエッタ様を想っていようと、求婚などできませんから」

「え……? あ、そ、そうね。でもアベル様はきっと、そんな意図で私を誘ってくださったのではないと思うわ」

「これまで多くのご令嬢を拒絶してきたアベル様が、聖女祭にオペラのお誘いですよ? そうした意図がなければ、説明がつきません」

「で、でも……」

 なんで私は、こんなにも浮かない気分なのだろう。
 アベル様も私を好いてくれているのかもしれないと。飛びあがり喜んで、その勢いでルキウスに婚約破棄を迫りに行ってもいいはずなのに――。

「申し訳ございません、マリエッタ様。少々よろしいでしょうか」

 コンコンと扉を鳴らす向こう側の声は、良く知る爺やのもの。

「爺や? どうかしたの?」

「マリエッタ様に、至急の面会を希望する者が」

「私に? いったいどなたで――」

「あー、いたいた、マリエッタ様! つかまらなかったら、どうしようかと思いましたよお」