恋をすると全てを捧げたくなるとどこかで聞いたことがあるけれど、まさか、こんなにも思考がままならなくなってしまうモノだったなんて。

「……マリエッタ様。大丈夫です」

 ゆっくりと立ち上がったロザリーが、私の座るソファーの横に立つ。

「お手をお貸しいただけますか?」

「へ? え、ええ。こう……かしら」

 伸ばされたロザリーの両手に手を乗せると、彼女は膝をつき、その額に私の手を引き寄せた。

「たとえその場にいらっしゃらなくとも、マリエッタ様のお心はきちんと届いています。……必ず、エストランテになってみせます。ですのでどうか、その日の、ほんの瞬きの間だけ。お隣のアベル様ではなく、私の姿を思い浮かべてはくれませんか? 私はそのひと時の祈りを勇気として、立派に歌い届けてみせます」

 すっと額を離したロザリーが、私の髪よりも淡いピンクの瞳を私に向け、微笑む。

「こんな時でもないと言えない、贅沢な我儘です。叶えてくださいますか?」

 そんなの、決まってる。
 私はロザリーの手をぎゅっと握り込め、

「もちろん、もちろんよロザリー! 必ずあなたの最高の歌を願って、祈りを捧げるわ。たとえアベル様が隣にいようと、絶対に……!」

「……ありがとうございます、マリエッタ様。これでこの件は終いとしましょう。聖女祭、楽しみですね」

「……ありがとう、ロザリー。あなたの優しさに感謝するわ」

(また、救われてしまった)

 ロザリーの優しさに救われたのは、これで何度目だろう。
 優しくて、聡明で、謙虚なロザリー。
 彼女がエストランテとなり、社交界に飛びこむことになったなら、もっともっと私が支えてあげたい。

 社交マナーについて学んでいない歴代のエストランテ達も、なかなか馴染めずに苦労すると聞いたことがあるから。

 ソファーに戻ったロザリーに、温かい紅茶を進める。
 彼女はひと息つくと、「あの、失礼ながら」と遠慮がちに口を開いた。

「ルキウス様は、今回の件についてなんと……?」

「あ……それがね、実は、まだお伝えできていないの……」

 アベル様とのお茶会があったその日、ルキウスはいつもの時間に訪ねてはこなかった。