い、いえ、きっとアベル様は大切な白薔薇を初めて肯定されて、嬉しいのだわ。
 だから私への贖罪と、初めて得た同志への親愛を込めてお誘いしてくれている。

(彼にあるのは、私のような恋心ではないわ)

 感激に打ち震える胸中とは正反対に、冷静な脳内が、さあっと冷えていく。

(聖女祭はルキウスと約束を……。それに、オペラと教会合唱の時間は重なっていたはず)

 だから、私とお父様は教会に。お母様は歌劇場にと、別れて出席している。

(断らなきゃ)

 せっかくの好機を逃したくはない。
 けれど、二人との約束を破るなんて――。

(しっかりしなさい、マリエッタ。今の私はまだ、ルキウスの"婚約者"でしょう?)

「……アベル様。大変光栄なお誘いに、胸が詰まる思いですわ。ですがアベル様はご存じないのかもしれませんが、私はすでに婚約を結んでいる身でありまして――」

「知っている。ルキウス・スピネットだろう。王立騎士団、遊撃隊長の」

「……ご存じ、なのですか」

「あの"黒騎士"に以前より婚約者がいることは知っていたが、その相手がマリエッタ嬢だということは最近知った。……随分と幼い頃に結んだ婚約のようだな」

「な、ならばなぜ、私をお誘いに……? 婚約者のある私を隣に置いては、アベル様の名誉を傷つけてしまう恐れがありますわ」

 アベル様は婚約者をお決めになられていないばかりか、夜会にご令嬢を連れ立ったこともないと聞いている。
 そんなアベル様が聖女祭で私を連れていては、彼の意志と反してあらぬ醜聞が――。

「……俺は、構わない」

「アベル様?」

「マリエッタ嬢。キミはあの黒騎士に、想いを寄せているわけではないのだろう?」

「! なぜ、それを……」

「とある夜会で、キミが彼との婚約に疑問を抱いていたという話を聞いた。……マリエッタ嬢。これまでキミは彼の婚約者として、自身を律し、立派に役目を果たしてきた。だが、時と共に変わることもある。今一度、周囲に目を向けてみてもいいのではないだろうか。そもそもこの婚約自体、キミの意志は反映されていないのだろう?」

「そ、れは、その通りでございますが……」