「夜に悪いかなとは思ったんだけれど、マリエッタの顔を見ておきたくて。そしたら出かけたっていうから、迎えにきたんだ。良かった、行き違いにならなくて」

(この場合、いっそ行き違いになってくれたほうが良かったのだけれど……!)

 そうすれば、こんな罪悪感に苛まれることなんてなかったのに……!

(……罪悪感?)

 ああ、そうだわ。この逃げ出したくなるほどの緊張感も、心が落ち着かないのも。
 悪いことをしてしまったと、"婚約者"のルキウスに申し訳なさを感じているから。

(よし、謝ろう。謝るわよ、私は……!)

 今度こそと膝の上で拳を握り、「ル、ルキウス様っ!」と切り出したと同時。

「あ、ねえ、マリエッタ。明日、キミの元を訪ねたいのだけれど、空いている時間はあるかな?」

「へ? ええと、明日は一日これといった用事はありませんが……」

(戻ってきたルキウスが訪ねてくると思って、空けておいたのよね)

「そう。なら、昼食が終わってから少しした頃に迎えにいくよ。久しぶりに、あの湖を見に行こう」

 刹那、馬車が止まった。家に着いたらしい。
 ルキウスは開かれた扉から降り立つと、「はい、マリエッタも」と当然のように右手を差し出してくれる。

「……ありがとうございます」

 手をとり地に足を付けながら、私はこっそりとため息をひとつ。

(仕方ないわね。紅茶をお出しした際に、改めて謝罪を――)

「それじゃあ、僕はこれで。また明日ね、マリエッタ」

「……え!? も、もうお帰りになりますの!? お紅茶の一杯だけでも……っ」

「言ったでしょ、マリエッタの顔を見に来ただけだって。目的は果たしたし、今夜は帰るよ」

 どうやらルキウスは馬で来ていたらしい。
 当家の使用人から彼の愛馬を引き渡され、「ありがと」と告げるなり乗り上げてしまった。

「今夜はもうお休み、マリエッタ。……きっと、いい夢が見られるよ」

「ルキウス様……」

 口角を柔く上げ、背を向けたルキウスは夜道に溶けていってしまった。

(……アベル様のこと、何も訊かれなかったわ)

 明日会いに来ると言っていたから、ゆっくり腰を落ち着けて話したいってことかしら。きっと、そう。
 あの湖というのは、私達が幼い頃に遊びにいっていた、私の別邸近くの湖のはず。