(まあ、来てしまったわけだけれど)

 ロザリーに指定された、次の日の晩。私はひとり、ルザミナ教会の礼拝堂にいた。
 誰もいない、静かな空間。薄暗い中で、蝋燭の火がゆらゆらと揺らめいている。

 私は一番前の長椅子に腰かけ、聖壇上部に祀られたルザミナ様の像を見上げた。
 昼間の慈愛に滲む微笑みとはまた違う、まるで眠っているかのようなお顔。

(ロザリーったら、こんな時間にどうしたのかしら)

 ロザリーの指示で、馬車は教会からひとつ離れた路地に止めてある。
 ここまで一緒に来てくれたミラーナには馬車に戻っていいと伝えたけれども、きっと、裏門辺りで待機してくれているのだろう。

 ロザリーから私を誘ってくれたのは初めて。
 それも、わざわざ日と時間を指定きたのだから、きっと余程な理由があるに違いない。
 なのだけれど、なかなか人の現れる気配もしない。

(練習が長引いているのかしら)

 聖歌隊の訓練は、しばしば夕食後も続くらしいという噂を聞いたことがある。
 ロザリーもまだ、頑張っているに違いない。

(閉まる前に間に合うといいのだけれど)

 もし、間に合わなかったなら、明日また来てみよう。
 ロザリーは私との約束を破ってしまったと落ち込んでいるだろうから、気にしてはいないと、クッキーをプレゼントに持ってきてもいいかもしれない。

(それにしても、夜の教会って、こんなにも美しいのね)

 清浄な空気と、魂を撫でられているかのような明かり。
 上部のステンドグラスの奥には白い光がうっすらと輝いていて、そういえば、ロザリーが満月だとか呟いていたわね、なんて。

(なんだか、凄く歌いたい気分)

 礼拝堂はじきに閉まる。今ならきっと、誰も来ない。
 私は静かに立ち上がり、どきどきと鳴る心臓の前で手を組んで、すうと息を吸い込んだ。
 小さく音を吐き出す。

「……"くらきを照らし かなしきを癒す光は――"」

 私が歌うのは、この国で一番歌われている聖歌のひとつ。聖女様の誕生を感謝する歌。
 緩やかなメロディラインが特徴的で、子守歌としても親しまれている。
 私がロザリーの歌声に耳を奪われた時に歌われていたのも、この曲だった。