「目くらましに丁度良い、可愛い妹? マリエッタ、いったいなんの話だい?」

「私、いつまでも世間知らずな子供ではありませんの」

 胸中に湧き上がる確かな苛立ちを感じながら、私は右手をルキウスの手の内から引き逃がす。

「先日の夜会で、親切なご令嬢の方々が教えてくださいましたわ。ルキウス様が幼少期に結んだ私との婚約を破棄せずにいるのは、すでに婚約者がいることを口実に夜会やお茶会の誘いを断れるからだって。私がルキウス様に恋心がないこともご存じで、あれこれ求めずにいることも好都合なのだと」

 ずっと、疑問ではあった。
 ルキウスが私と婚約したのは、ルキウスが七歳で、私が五歳の時。
 好きと言う感情はあれど、結婚も恋も、まだ良く分かっていない子供の時だ。

 てっきり仲の良かったお父様同士が勢いで決めたか、はたまた政略的な背景があるのだと思っていたけれど。
 デビュタントの少し前に聞いたお父様の話では、この婚約はルキウスからの強い希望で成立したのだという。

 驚いた。
 だってルキウスが私に向けるのは、寒い日でも包み込んでくれる毛布のような、柔らかさと安心感に満ちた温かさだったから。

 好意は、持たれている。
 けれどそれは愛とか恋とか、そういった熱や甘さを含んだ類ではないと、気づいていた。

 だから先日の夜会で、よくしてくれたご令嬢の方々からその話を聞いた時、妙に納得したのだ。
 ルキウスは、私を"婚約者"として見ているのではない。
 いつだって甘やかしたい、妹のように思っているのだと。

「私との婚約を破棄すれば、ルキウス様には大勢のご令嬢からのお誘いが押し寄せるでしょう。わかっています。ルキウス様がそうした行為を、面倒に思っていることなど。美しいご令嬢を相手にするよりも、仕事に、鍛錬に励みたいと願っておいでなのでしょう? ですがルキウス様、私だって貴族の娘である以上、いつかは子供を産まなければなりません。ルキウス様だって、避けては通れないお役目です。ならば互いのためにも、今のうちにキチンとしたお相手を――」

「ふうん……。そう、なるほどね」