「ふふ、優しいのねロザリー。けれど慰めはいらないわ。見ていなさい。すぐに私もロザリーと同じくらい上手になってみせるんだから……!」

 高らかに宣言して胸を張ってみせた私に、ロザリーはたまらずといった風に噴き出して、

「マリエッタ様なら、きっとすぐに叶えてしまいますね」

「当然ですわ。だって、この私ですもの」

 こうした時、ロザリーは変におだてるでも怒るでもなく、優しい目で見て笑ってくれる。
 この温かな柔らかさが、心地よくてたまらない。

 私は感謝の笑みを唇に乗せて、手の内のハンカチを優しく撫でる。

「聖女祭、かならずこのハンカチを持って見に行くわね」

「お待ちしています。今年もルキウス様とお二人分の席を、ご用意しておきますね」

「あ……と」

 言い淀んだ私に気づき、ロザリーが「どうかしましたか?」と眉尻を下げる。
 私は周囲を確認してから上半身をぐっと彼女に近づけ、声を潜めて囁いた。

「その、実を言うと、ルキウス様との婚約を破棄しようと考えていますの」

「……えっ」

 即座にロザリーが自身の口を両手で覆う。
 必死に思考を巡らせているのか、数秒瞬いてから、私と同じように囁き声で、

「ルキウス様と喧嘩でもなされたんですか?」

「いえ、違うの……その、好きな人が出来てしまって」

「……え」

「そうよね、言葉を失って当然ですわ。だって私はルキウス様の婚約者なのに、他に想う相手が出来てしまっただなんて……貴族の娘としてあるまじき愚行ですもの」

「そんな、マリエッタ様は誰よりも優しく素晴らしい方です……っ! ただ、私はてっきり、マリエッタ様もルキウス様を慕っているものだとばかり」

「違うの、ルキウス様のことを嫌っているわけではないのよ? けれどね、初めて"恋心"というものを知ってしまったの。あの方こそ、私の"運命の人"」

「……その、お相手の方を、お尋ねしてもよろしいですか?」

 しどろもどろに訪ねてくるロザリーに、私は深呼吸をひとつ。
 それから周囲に聞こえないよう慎重に声を潜め、アベル様との出会いからルキウスと交わした約束までを簡単に話した。

 ロザリーは、クリームの柔らくなってきたシフォンケーキを一度も口に運ばずに、真剣な眼差しで耳を傾けてくれていた。