あれは私が十三歳の時の、聖女祭。
 お父様に連れられて訪れたルザミナ教会で、私はとある少女の声に聞き惚れてしまった。
 それが、ロザリーだった。

「あなた、とっても素敵な歌声ですのね……! ね、お願い。私のお歌の先生になってくださいな!」

 公演後、興奮しながら告げた私に、ロザリーはたいそう驚いていたけれど。
 すぐに悲し気に瞳を伏せて、

「……私に、教えられることなど。近い歳の教師をご所望なのでしたら、私よりももっと上手な方を――」

「いいえ、いいえ! 私はあなたの歌声に感動いたしましたの! 他のどなたでもなく、あなたに、教えて頂きたいのですわ!」

「……ですが、人に教えたことなど」

「なら、ときどき一緒に歌ってくださいな。それなら難しくはないでしょう?」

 そうしてお父様が正式な手続きを行ってくれて、私は週に一度、ロザリーを屋敷に招いて一緒に歌った。
 とても、楽しかった。

 耳から入る美しい彼女の歌声は、私の不安定な音を優しく絡めて掬い取って。
 導かれるようにして喉を震わせると、私の声は自然と伸びていく。
 不思議な、けれどもとても心地よい感覚。

(ロザリーはきっと、エストランテになるのだわ)

 ロザリーとのレッスンは一年で終わってしまったけれど、私達はそれからも、よき友達として時々会っていた。
 貴族の令嬢の中に友と呼べる存在がいない私の、大切な友達。

「あ、もしかして」

 私ははっと思い当たり、目の前のロザリーを上目がちに見遣る。

「ロザリーは、エストランテになりたくはありませんの……?」

 エストランテは聖歌隊の最高峰。国民の誰もが憧れている存在。
 私はてっきり、ロザリーも多くの子女たちと同じく、エストランテを目指しているのものだとばかり思っていたけれど……。

 よくよく思い返せば、ロザリーの口から"エストランテになりたい"とは聞いたことがない。

(私ってばもしかして、ずっと気が付かずにロザリーに押しつけがましいことを言い続けて……!?)

 たしかに私は少々、勝手に思い込んで暴走してしまう節がある。
 私はロザリーと友達のつもりだけれど、ロザリーからすれば、やっぱり私は侯爵家の娘なわけで。
 もともとの優しい性格も相まって、今まで「違う」とは言えずにいたり……!?