というのも、僕の父上は王立黒騎士団の遊撃隊副隊長で、昔、紫焔獣に襲われたマリエッタの父上を助け、傷を負った過去がある。

 僕の父上は"よくあることだから気にする必要はない"とマリエッタの父上に言ったそうだけれど、マリエッタの父上は恩義を感じているらしく。
 その日を境に両家の交流は深まっていったという。

 騎士階級である僕と、侯爵家の令嬢であるマリエッタ。
 僕らが幼い頃から頻繁に顔を合わせていたのには、そうした背景がある。

(マリエッタには、悪いことをしちゃったな)

 僕のせいで、彼女は五歳という幼さで婚約の自由を奪われた。
 これから誰を愛そうと、僕との婚約を破棄しない限り、僕の妻になるしかない。

(かわいそうなマリエッタ)

 だから、せめて。
 せめて彼女が少しでも僕を好いてくれるように、立派な男になってみせよう。

 強さはもちろん、世界の誰よりも愛して、大切にして。
 たとえ僕を一番に愛せなくとも、僕と結婚して、悪くなかったと思ってもらえるように。

 そして、もし。
 マリエッタにあの悪夢の"運命"が訪れてしまった、その時は。
 彼女を害する全てをこの手で薙ぎ払って、一緒に、どこまでも逃げてみせよう。

(王子だろうが聖女だろうが、マリエッタを殺させなんかしない)

 誓ったあの日から一回りも二回りも大きくなった両の手は、すっかり皮膚を硬くして、剣に馴染むようになった。

 マリエッタとは大きなトラブルもなく、良い関係で大人になれていたし。
 僕の妨害も相まって、アベル様とは接点もなければ婚約の話なんて一度も出ていなかったから。

 悪夢は悪夢で終わってくれるだろうと、安心していたのに。

(まさか、マリエッタのデビュタントが引き金になるなんてね)

 聖女はまだ見つかっていない。
 アベル様が愛し、婚約破棄の原因となり得る聖女だ。

 アベル様とマリエッタが婚約を結んだ後に、満を持して現れるという筋書きなのだろうか。
 だとすると、二人の婚約が果たされなかった場合は、聖女が現れない可能性も――?

「マリエッタ様、いい子だね」

 目の前の、あの日から多少髪が伸びた程度しか変わっていないミズキが、マリエッタの姿を思い起こすようにして言う。