違った。本当の彼は、あの庭園で言葉を交わしたあの方は、ちっとも"堅氷の王子"なんかじゃなかった。

(私なら、あのお方の真の優しさを理解してあげられる)

 決意に似た情熱を燃やしながら、薔薇の花弁を撫でようとした瞬間。

「ダメだよ、マリエッタ」

 ぱしりと手を掴まれ、腰を引き寄せられた。
 らしくない接触に驚いて見上げると、銀糸の前髪が額にかかるほどの距離に、黄金の瞳。

「ル、ルキ……っ!」

「いまキミと話しているのは僕なんだから、ちゃんと僕を見なきゃ」

「それ、は、そう、ですが」

 しどろもどろに答える私にくすりと笑んでから、ルキウスは「わからないなあ」と眉を八の字にしてみせる。

「なんでアベル様なんだい? 顔の良さなら僕だって負けないよ。さすがに肩書に関しては王子にかないっこないけれど、僕だって王立黒騎士団の遊撃隊隊長だし。けして悪くはないと思うんだよね」

「悪くはないだなんて、そんな言い方をしては前隊長に失礼ですわ。十八にして隊長に抜擢されるなんて、異例中の異例なのですから。そもそも王立騎士団に入るのだって簡単ではありませんのに」

「まあ僕、強いから」

 当然のようにさらりと告げて、ルキウスはますます首を傾げる。

「顔でもない、肩書でもない。なら、いったいどこに惹かれたんだい? マリエッタはアベル様をよく知らないだろうし、アベル様だって、マリエッタと少し話した程度の関わりでしょ。なのに、"真実の恋"だなんて」

「そ、それは……」

(あれ? ルキウス、もしかして怒ってる?)

 口元は微笑みを保ったままなのに、妙に迫力があるというか、声に圧があるというか。
 ひるんだ私に気づいたのか否か。ルキウスは掴んだままの私の右手をそっと持ち上げ、

「キミの婚約者は、僕だよ?」

 チュッ、と軽いリップ音を響かせて、私の指先にキスを落としたルキウスが射貫くような視線で私を見る。
 その瞳の強さに思わず心臓がドキリと跳ねたけれど、私はすぐに冷静さを取り戻し、

「……お戯れは結構ですわ。目くらましに丁度良い"可愛い妹"が欲しいのなら、別の方を当たってくださいませ。ルキウス様ならば、誰もが喜んで頷いてくださるはずですわ」