マリエッタはアベル様の頬に、そっと自身の掌を重ね、

「アベル様もわかっておいででしょう? 私の魔力が尽きるのを待っていては、この場の騎士様たちはきっと助かりませんわ。私、魔力量は多いですもの。……さあ、勇気をお出しになって。悪を滅するのは、正義でなくては」

 いけない、いけない、いけない……!

(このままではマリエッタが……!)

 守りたい存在が目の前にいるのに。
 どうして僕の身体は、動かないのだろう。

「……許せ、マリエッタ」

 出来事は、一瞬。
 紫焔獣を斬り捨てた切っ先が、マリエッタの胸を貫いた。

 ごふりと花のような鮮血を吐き出し弛緩した身体を、アベル様が抱き留める。
 怒りと悲しみが交じり合った険しい表情でみつめるアベル様を、血濡れのマリエッタはうっとりとした眼で見上げた。

「ふふ、これで貴方様は、悪女に堕ちた婚約者を斬り捨てた悲劇の英雄。人々が嬉々としてこの武勇伝を語るたびに、アベル様は私を思い出すのだわ」

「なぜ、なぜこんな愚かな選択を……っ! お前なら、他の選択も容易だったはずだ……!」

 唸るようにして叫ぶアベル様の胸元を、マリエッタの震える手が握りしめる。

「憎んでくださいませ、愛しいアベル様。……アベル様が死ぬまで。私はその、お心の、なかに」

 赤に染まった指先が、ぱたりと地に落ちた。

「――マリエッタ!!!!」

 叫び声と共に、視界には見慣れた景色が飛び込んできた。
 僕の部屋だ。間違いない。
 僕がいるのは良く知る柔らかなベッドで、どうやら上半身を起こしているらしい。

 粗い呼吸を繰り返しながら額に手をやると、ぐっしょりと冷たい汗が掌にうつる。

(――夢)

 夢。そう、夢なのだ。
 異様に生々しい、まるで未来を見せつけられているかのような、夢。

(なんてひどい、悪夢)

 とはいえ所詮、夢は夢でしかない。いわば空想。
 現実のマリエッタは近頃お茶会デビューを果たしたばっかりの、五歳の少女だ。

 友人が作れなかったと、落ち込んでいて。
 けれども侍女の運んできた好物のチーズケーキに目を輝かせ、「まあ、せっかくですからご機嫌取りにのってさしあげてもよくってよ」なんて照れ隠しを言いながら、幸せそうに頬を緩めている、純真な少女。