まさか、と思考を整理しているうちに、顔面蒼白なご令嬢――マリエッタは、震える唇を必死に動かし、

「アベル様、なぜ」

「なぜ? それはお前が一番よく心得ているはずだ。神聖なる聖女を陥れようとした愚行の数々を、忘れたとは言わせない」

「それは……っ! ですが全ては、アベル様への愛を貫くために――っ!」

「黙れ。お前の犯した数々の外道な振る舞いが、俺への愛だと? 許しがたい侮辱だ」

「アベル様……っ!!」

(どういうことだ? マリエッタは、将来アベル様と婚約を?)

 たしかにマリエッタは侯爵令嬢。それも、十本の指に入る有力貴族の一人だ。
 アベル様とは年が近いし、将来的に婚約を結んでもおかしくはない。
 けれども、けれどもだ。

(聖女を陥れようとして、婚約破棄? マリエッタが?)

 信じられない。
 だって僕の知るマリエッタは、部屋に飾っていた気に入りの花が萎んでしまったと心を痛める子だ。

 まだ文字を覚えたばかりだというのに、なんとか元気にならないかと必死に本を調べ、庭師に訊ね。
 そうして自ずから花を世話して、「みて、ルキウスさま! こんなにげんきになりましたのよ!」と、眩しい笑顔で得意げに見せてくれる。

 そんなマリエッタが、聖女を……他者を、陥れようとするなんて。

 けれども成長したマリエッタは、アベル様の追及を否定してはくれない。
 そればかりか、自分に否はないとでも言いたげに、「どうして……どうして分かってくださらないのです」と恨めし気に繰り返している。

 彼女は力なくその場に両膝をつくと、妙に通る声で「アベル様」と呟いた。
 嫌な感じがする。

「貴方様の愛は、かの聖女に?」

 俯いたままの問いに、アベル様は数秒の沈黙の後、

「……ああ」

 刹那、マリエッタの身体を紫の霧が包んだ。会場がどよめく。
 アベル様が焦った様子で腰元の剣を手にした。

「まさか、その霧は"人柱"に――っ」

 人柱。出会ったことはないけれど、王立黒騎士団に務める父上から話を聞いたことがある。
 己の魔力を媒介に、紫焔獣を生み出す反逆者。精神を闇に落とした者の末路。
 その人柱に、マリエッタが。

「――いけない、マリエッタ!」

 彼女に駆け寄り肩に触れようとするも、伸ばした手はするりと通り抜けてしまう。