あんなにも早く大人になりたいと願っていたのに。
 今ばかりは、時の進みが恨めしい。

「……わかりましたわ。ルキウス様が納得されるまで、お付き合いいたします」

 それが今、私がルキウスに返せる精一杯の誠意なのかもしれない。
 頷いた私に、ルキウス様は「ありがとう、マリエッタ」と。
 どこか寂しさを押し殺すような、淡い微笑みを浮かべた。

 マリエッタを無事に屋敷まで送り届けた後、僕はその足で彼の元に戻った。

「――ミズキ」

 ノックもなしに扉を開けた僕に、窓際で煙管をふかしていたミズキが「おかえり」と笑む。
 さして驚いていないのは、僕が戻ってくると予想していたからだろう。

 いや、もしかしたら。
 今日僕がマリエッタを連れてくることも、なんとなく察知していたのかもしれない。

 なぜならミズキは普段、今のように煙管を手にしていることが多い。
 なのにマリエッタと訪ねてきた時は、煙管どころか残り香さえ感じ取れなかった。

 机の上には急須と、空の湯呑みがひとつ。僕の好んで座る席だ。
 ミズキが片手でお茶を注いでくれている間に、僕はその席へと向かい、腰かける。

「ルキウスの話を信じていなかったわけではないのだけどね」

 コトリと急須を置いて、ミズキが口を開く。

「マリエッタ様、とんでもない嵐の渦中にあるね。このまま星に導かれるままにアベル様と婚約を結んでしまっては、おそらく……ルキウスの見た夢の通り、破滅の道を歩んじまうだろうよ」

 僕がその夢を最初に見たのは、マリエッタとの婚約を結ぶ前。七歳になってすぐだった。
 シャンデリアの眩い会場に集まるのは、煌びやかなドレスとジャケットを纏った、数多の紳士淑女たち。

 その中央で、他者を寄せ付けない黒の色をした男が、氷のような凍てつく眼でひとりの令嬢を見下ろしている。
 彼は薄い唇を開き、低い声で告げた。

「マリエッタ・ウィセル。今日この場を持って、お前との婚約を破棄する」

(マリエッタだって?)

 驚きに令嬢を見遣れば、確かに彼女の髪は僕の良く知る薔薇のごときローズピンク。
 愕然と見開かれた眼は僕の知るそれよりも大人になっていたけれど、瞳は変わらない、美しい翡翠色。

(このご令嬢は、マリエッタの成長した姿……!?)