「そっかそっか。マリエッタ、それが実は僕へのときめきだったり――」

「しません!! 純粋な驚きと恐怖ですわ!!」

「そっかあ」

 ルキウスはのほほんとした表情で「残念」と肩を竦めたかと思うと、私の髪を手の甲で撫で、

「ごめんね、マリエッタ」

 この謝罪は、今の危険行為への詫びではない。雰囲気でわかる。
 ならばなんなのかと眉根を寄せた私に、ルキウスはやはり私の髪を指先で弄びながら、

「罵られて責められるべきは、マリエッタじゃなくて僕だもの。だって僕の身勝手な我儘で、キミとの婚約を破棄せずにいるのだから」

「そんな……、ですから、悪いのは私で……!」

「ううん、違うよ。だってマリエッタにはちゃんと、心があるのだもの。心が動いている限り、感情が湧き上がるのは自然なことだよ。それに実のところ嬉しくもあるんだ。マリエッタが心をおさえつけずに、僕に教えてくれたことがね」

「な……っ、お人好しにもほどがありますわ!」

「それはマリエッタだって同じだよ。キミの父上に頼んでしまえば、僕との婚約なんてすぐにでも破棄できるだろうに。そうしないのは、僕と向き合ってくれているからでしょ。それに、キミは人一倍、責任感が強いから。たくさん、自分を責めているだろうなって、分かるから」

「それはっ、自業自得というもので……!」

 ルキウスが私の言葉を遮るようにして、頬横の髪を、そっと私の耳にかける。

「苦しめてごめんね、マリエッタ」

 あらわになった頬に、ルキウスの指先が触れた。
 いつだって余裕を浮かべてみせる彼が、「でも、お願い」と笑みを消す。

「もう少しだけ時間が欲しいんだ。情けない、悪あがきだってわかっている。それでも僅かな可能性に賭けさせてくれないかな? マリエッタの心が変わらなければ、ちゃんと、自由にしてあげるから」

「ルキウス様……」

 優しくも真剣な眼差しに、場違いにも、ああ、大人になってしまったんだななど。
 木の根でそろって寝ころんでいた日々が、少しばかり懐かしい。あの頃は、ただただまっさらな好意だけで許されていたから。

(いったいいつから"好き"に、別の意図が含まれていくのかしらね)