「いえ、必要ありませんわ。長居をするつもりはありませんもの。ルキウス様が私と婚約破棄のお約束をしてくださいましたなら、すぐにでも退出しますわ」

「ふうん? 僕と、婚約破棄」

 ルキウスがソファーに腰かけ、心底不思議そうに首を傾ける。

「ねえ、マリエッタ。キミがこうした下らない冗談を好むような性格ではないことは、よく知っているよ。なんせ僕はキミの幼馴染で、七つの時から十一年も君の婚約者でいるのだから。僕はなにかキミの不機嫌をかうようなことをしたかな?」

「いいえ、ルキウス様に非はありませんわ」

「なら、どうして」

「それは……」

 脳裏に浮かんだアベル様の姿に、一瞬、喉が詰まった。
 やっとのことで知った大切な恋心を、まだ、自分だけのモノにしておきたかった気持ちもある。

 けれども言わなければ、伝えなければ話は進まない。
 私は自身を奮い立たせようと彼に貰った白薔薇を胸前で握りしめ、ギュッと目をつぶり、

「それは、"真実の恋"に気づいてしまったからですわ……っ!」

「真実の、恋」

 え、と疑問を抱いてしまったのは、繰り返すルキウスの声が、温度が抜け落ちたように硬かったから。
 知らない反応に不安が募り、顔を上げようとした刹那。
 足下に、自分以外の影が重なるのが見えた。

 ルキウスだ。いつの間に。

 驚愕が過ったと同時に、頭上から「ねえ、マリエッタ」と甘くも鋭い呼びかけが降ってきた。
 本能で恐れを感じながら、なんとか顔を上げる。

「っ、ルキウス様」

「キミの言う"真実の恋"の相手って、もしかしてアベル様かな?」

「! どうしてそれを……っ!」

「マリエッタは、ついこの間デビュタントを迎えたばかりだからね、知らないのも無理はないよ。その八重咲きの白薔薇は、王城の庭園でしか栽培されていない特別な品種なんだよね。そんな大切な花を他者に贈れるとしたら、現国王かアベル様くらいなものだよ」

「そ、そうでしたのね……」

 珍しい花だとは思ったけれど、まさか、そんな事情があったとは。
 いくら贖罪のためとはいえ、こんな貴重なお花を贈ってくださるなんて……。

(アベル様はその魔力属性と威厳ある態度から、"堅氷《けんぴょう》の王子"と囁かれているけれど)

「お優しい方なのですね、アベル様は」