注目すべきは、ルキウスの両手。彼の右も左も、私が買い込んだ荷物でいっぱいになっている。
 対して私の両手は、そう! 何一つ持っていない、完全自由!
 つまるところ私は今、ルキウスに荷物持ちをさせている……っ!

(ちょっと周囲の目が気になるけれど、これくらい、婚約破棄のためならどうってことないわ!)

「まあ、こちらの帽子も素敵ですわね。いただくわ。包んでくださる?」

 テキパキと包まれたそれを前に、私はルキウスににっこりと微笑みかける。
 意図を汲み取ってくれたルキウスは、「よっと」と言いながら新しい包みを抱え、

「今日は随分と買い込むね? マリエッタはいつもほとんど買わないから、こうした街歩きはあんまり好きじゃないのかと思ってたよ」

(う、バレてる)

 さすがは長年の幼馴染。ルキウスの指摘通り、私はあまりこうした買い物が得意ではない。
 ひとつは、人混みが得意ではないこと。
 もうひとつは、あまり自分で"欲しい"と思うことが少ないから。

(好みよりも似合うかどうかとか、私が持つに適切かどうかが気になってしまうのよね……)

 だからドレスも装飾品も、家で懇意にしている仕立て屋に頼み、ミラーナの意見を取り入れて決めている。
 今日の買い物はあくまでルキウスに嫌われるためだから、ほとんど直感で買っているのだけれど。

(罪悪感……というか、ちゃんと使ってあげられるか心配でたまらないわね……)

「わ、私だって、たくさんお買い物をしたい日だってありますわ!」

 そっぽを向いて告げた私に、ルキウスが「ふうん?」と覗き込むようにして首を傾げる。
 それから「あ、ねえ、マリエッタ」と思いついたようにして、

「僕、ちょっと喉乾いちゃったんだよね。この近くでいいところを知ってるから、寄って行ってもいいかな?」

「あら、黒騎士様ともあろうものが、この程度でお疲れですの?」

 ホッとした胸中を隠して、興ざめだとばかりに眉根を寄せてみせる。
 とんでもない侮辱だと怒ってもおかしくはないはずなのに、ルキウスはちっとも気にした風もなく、

「あはは、鍛え直さないとだよねえ」

 こっちだよ、といつもの調子で、ゆったりと先導を始めるルキウス。
 ふらりと大通りから路地に入り込んだかと思うと、人通りのない道を歩いて行く。