「庭師が毎年丹精込めて咲かせてくれているのだが、俺はあまり、見に来てやれていなくてな。美しいと眺めてくれるのなら、この花たちも喜んでいるだろう」

 ふと、花を見つめるその目元が優しく緩んだのを、私は見逃さなかった。

(ど、ど、どうしよう……っ!)

 こんな、こんな感情知らない。
 胸の内はとてつもなくバクバクと激しく暴れまわっているのに、心臓の中心が、キュウーッと締め付けられるような。

(やっと分かったわ。これが"真実の恋"というものなのね……っ!)

 紛れもない。間違いない。
 私をこんな気持ちにさせるアベル様こそ、私の運命のお相手!!!!

「これから帰るところだと言ったな」

 え、と小さく零した私の声と、パキリと枝の折れる音が重なる。
 驚愕に見開いた私の眼前に、見事な白薔薇が差し出された。

「時折、約束もなく訪ねてくるご令嬢がいてな。……疑ったこと、この花に免じて許してくれると助かる」

「~~~~っ!!」

 ――王子様っ!!!!!!

 不思議だわ。どうしてこれまで気づかなかったのかしら。
 初めて言葉を交わせたから?
 それとも、出会った場が夜会など公の席ではなく、私的な庭園だったから?

 ううん、理由なんてどうでもいい。
 大切なのは生まれて初めて知ったこの恋を、なんとしても成就させること……!!

(そのために私がすべきは――)

「ルキウス様! 私と婚約破棄してくださいませっ!!」

 バーンッ! と勢いよく開け放った扉の先。
 窓際に立ち外を眺めていたこの部屋の主が、手にしていたティーカップをソーサーに戻して振り返った。

 ダイヤのごとく輝く銀の髪に、陽光を集めて閉じ込めた黄金の瞳。
 均衡のとれたしなやかな体躯に纏うのは、私の想い人であるアベル様と同じ黒をした、王立騎士団の制服。

 彼の名はルキウス・スピネット。
 私の二つ年上の幼馴染で、五歳の時からの婚約者でもある。

 ルキウスは私と目を合わせると、にっこりと、昔から変わらない柔和な笑顔を浮かべた。

「やあ、マリエッタ。何やらご機嫌ななめのようだね? 今、君の大好きなミルクたっぷりの紅茶を用意してもらうから、座って?」