「え……?」

 ルキウスはことさら優し気な笑みを浮かべ、

「僕が意識を失う前に言ったこと、覚えてる?」

「!」

(意識を失う前に言ったことって……!)

 私の表情を、了承ととったのだろう。
 ルキウスは静かに頷いて、

「婚約破棄しよう、マリエッタ」

「――っ!」

「やっと、キミを自由にしてあげる決心がついたんだ。遅くなって、ごめんね。今のアベル殿下とマリエッタなら、僕の夢のようにはならない。悔しいけど、それが僕の辿り着いた"未来"だった。……二人は幸せになれる。間違いなく、"運命の恋"なのだから」

(ちがう)

 早く否定しなければと思うのに。
 ルキウスの言葉が、表情が、全てを受け入れてしまった後のそれで。

(運命なんていらない。私が、共に幸せになりたいと願うのは、ルキウスたった一人なのに)

 もう、私への愛情などすっかり清算してしまったのだろうかと。
 急激に冷えゆく心臓の、無数の氷柱で突き刺されているかのごとき痛みが、身体を硬直させる。

 私の無言を、ルキウスはどうとらえたのだろう。
 彼は静かに微笑んで、重なっていた掌を引いた。
 唯一の繋がりが、解かれる。

「――っ」

「マリエッタの婚約者でいれて、凄く幸せだった。僕は、僕だけが幸福だった。今度はマリエッタが心のままに、幸せにならなきゃ。……これからは幼馴染として、騎士として。二人の愛ある先を護るための剣になるよ。もちろん、二人の邪魔をしないように――」

「……お断り、しますわ」

 視線が下がる。顔を見ていなくとも、彼の動揺が伝わってきた。
 ルキウスは怒るでもなく、驚くでもなく。戸惑いを無理やり押し込めたような声色で、

「そう、だよね。僕のしてきた蛮行を思えば、"これからも"だなんて身勝手すぎるよね。キミをこんなにも傷つけたというのに。ごめん、マリエッタ。今後は一切関わらないと――」

「そうではありませんわ」

 私は決意に唇を噛みしめ、ぐっと顔を上げた。
 どんな時でも私を愛おし気に映してくれる、けれども今は苦悩と落胆を閉じ込めた、金の瞳を見つめる。

(どうか、どうか)

 一番に愛した人に、一番の真心が届きますよう――。

「私は、婚約破棄をお断りすると申し上げたのです。ルキウス様」

「……婚約破棄を、断る?」