「婚約破棄、しよう。マリエッタ」

「――――え?」

(いま、なんて――?)

「おそく、なって、ごめんね。父上には、伝えてあるから。……あんしん、して」

「な……! ルキウス様、私は……っ!」

「マ、リエッタ」

 にこりと笑ってみせたルキウスに、言葉が詰まる。
 発される声は、か細い。

「ぼくの我儘に、つきあってくれて、ありがとう。いまの殿下なら、きっと、大丈夫。……あいした人と……しあわせ、にね」

「っ、ルキ――」

「ぼく、は……しあわ、せ、だった」

 ずるり、と。手の内にあったはずの指先が地に落ちて、金色の瞳が閉じられた。
 がくりと弛緩し角度を変えた顎先。上下していたはずの胸が、止まっている。
 全てが静止したその中で、生暖かい血の赤だけが、その範囲を広げていく。

「ル……キウス、さま」

 名を呼べば優しく瞳を緩めてくれたその人は、端正な横顔のまま、微動だにしない。

「だめ……だめ、ですわ。まだ、まだ私の話を聞いてくださっていないでしょ……?」

 うそ。うそよ。

「私の話なら、いつだって聞いてくださるのでしょう? こんな意地悪、私、好きじゃないですわ」

 どうして、どうして魔力が発せないの?
 私の魔力なのに。私の心臓は、動いているのに。

「ルキウス様、ルキウスさま!!」

――私の、せいだ。

 私が、"人柱"を連れてきてしまったから。
 私が、非力で抵抗する術を持たなかったから。
 私が、独断でロザリーを探しに来てしまったから。

「ぜんぶ……私の、せい」

 私が、もっと魔力を扱えていれば。
 私が、お茶会に参加しなければ。
 私が――アベル様を好きだと。婚約破棄を、迫らなければ。

 ざわり、と。
 胸の奥の最奥が粟立って、沈む思考が瞬時に冴えわたる。

「私が、ルキウス様をころしたんだわ」

 言葉にした途端、誰かに肯定された気がした。
 心臓から生成され身体を巡り行く血液が、己の罪に淀んでいく感覚。

「私が、私がころした」

 柔らかな微笑みも、甘く優美な声も。
 精悍な眼差しも、温かな、体温も。

「私が、奪った」

 後悔と懺悔と、己への憤怒。
 言い表せないほど数多もの感情が入り混じって、恨みが、怒りが、身体の内側からせり上がってくる。

 許さない。許せるわけがない。
 なにを? 現実を、私を、この世界を。