「先ほどは大変失礼いたしました。そのお力、どうか我々にお貸しください」

「そんな、頭を上げてくださいませ。貴族の女性が治癒魔法を学んでいることのほうが稀ですもの。無理を通してくださり、感謝いたしますわ」

 と、彼は「ありがとうございます」と頭を上げると私をじっと見て、

「マリエッタ様、と呼ばれておりましたが、もしやルキウスのご婚約者であるマリエッタ様で?」

「へ!?」

 突然の指摘にすっとんきょうな声を上げてしまうと、彼は「やはりそうでしたか」と微笑ましそうに笑んで、

「アレを心酔させるご令嬢とはと色々考えておりましたが、なるほど、一気に視界が冴えた思いです」

「えと、ルキウス様をご存じで……?」

「ええ。アレは私の部下ですから」

(ルキウスが部下って……もしかして!)

 遊撃隊隊長を務めるルキウスの上司といったら、一人しかいない。

「騎士団長様でいらしたのですね……!」

 彼は肯定するようにして頷くと、

「アベル様もおっしゃっていましたが、どうか、無理だけはしませんよう。貴方様になにかあっては、ルキウスが使いモノにならなってしまいますし」

「そ、んな……」

 ことはない、と言いたかったけれど、どうにも素直に口に出来ない。
 私がうっかり倒れでもしたら、たしかにルキウスが付きっきりで看病をと言い出してもおかしくはない気がする。

 そして易々とそんな想像が出来てしまう事実が、なんだかちょっと恥ずかしい。
 そんな私の葛藤を見透かしてか、団長は大人な笑みを浮かべると、

「では互いに、ご武運を」

 気遣う言葉を残して、足早に部屋を去っていった。
 まさかこんな形で、騎士団長様をお目にかかれるとは。

(どうか、ご無事で)

 胸中で祈りを捧げ、看治隊の手が回っていない、緊急性の高い患者から治療を試みる。
 私の魔力では傷を癒せても、浄化は出来ない。
 傷の治った人は看治隊へと引き渡して、また、痛みにうずくまる患者の元へ。

 一人、二人。三人、四人と、周囲の疑わしい視線を意識的にないものとしながら、必死に治療を続けていく。
 そうして何人目の患者かもわからないご令嬢の治癒を完了させ、看治隊の浄化待ちの場へ連れて行こうとした時だった。

「マリエッタ様、彼女は私が。さあ、歩けますか?」