アベル様に連れられ、回廊を足早に進んで行く。
 ほどなくして、「アベル様!」と騎士団の隊員が駆けてきた。

(血が……)

 彼も戦闘に加わっていたのだろう。
 乱雑に拭われた、額に滲む赤にざわりと胸が竦む。

「ご無事でしたか!」

「状況は」

「隊員、令嬢、使用人を含め怪我人が多数でております。紫焔獣はほとんどを討伐しましたが、原因が依然として特定できていないため終わりが見えません。正直、あまりよろしくはない状況です」

 こちらに、と先導し始めた彼に、アベル様がちらりと私を見遣る。
 それから再び彼に視線を戻し、

「まずは彼女を王座の間へ――」

「いえ」

 首を振った私に、アベル様の目が向く。
 ルキウスには王座の間へ向かえと言われていたけれど、優先すべきは明らかだ。
 ひとりで向かってもいいけれど、万が一を考えると、ここで私が自身を過信して単独で動くのは得策ではない。

「行きましょう、アベル様」

 瞬間、アベル様は面食らったようにして瞠目したけれど、即座に頷いて、

「すまない。急ごう」

 先導する隊員を駆け足で追いかけ、辿り着いたのは王城の一室。
 たしかここは、普段はパーティー等が催されるダンスホールだったはず。
 彼が扉を開いた途端、私は思わず絶句した。

「こっちに止血できる布を! なんでもいい!」

「いたい、腕が……! ねえ、動かないのよ! お父様、お母様、死にたくない……っ!」

「早くこっちも治療しなさいよ! 看治隊は何をやっているの!?」

 いつもならば煌びやかなシャンデリアの明かりとドレスの舞う床に転がる、傷を負った人、人、人。
 響きわたるのは悲痛な叫びと呻き。初めて嗅ぐ、大量の血の匂い。

(なんて、ひどい)

 倒れてしまわないよう、足の親指に力を込める。
 あちらこちらで負傷者に魔力の治療を施している数名が、看治隊の隊員なのだろう。
 その誰もが額に、大量の汗を浮かべている。必死の治療が行われているけれど、追いついていないのは明白だった。

「まずいことになりました」

 私達を連れてきた隊員が、険しい顔で呟く。