「ごめんね、マリエッタ」

 私だけに気こえるよう耳元で落とされたのは、秘めやかながらもはっきりとした声。
 戸惑いに見上げる私に苦笑を浮かべたかと思うと、ルキウスは私の手を自身の腕に誘導し、

「我儘だってわかってる。けれど……今日だけは。そのドレスを纏っている間だけは、キミの"婚約者"でいさせて?」

 え、と。零したはずの声が聞こえなかったのは、逆に息を飲み込んでしまっていたから。

(このドレスを着ている間だけ、って)

 熱に浮かれていた心臓が、すっと一気に冷えていく。
 違う。私は、ルキウスの婚約者だもの。
 今までも、これからも。たとえ彼色のドレスを纏っていなくたって、私の心は――。

「ル、キウスさ――」

 その瞬間だった。

「きゃあああああああああ!!」

「!?」

 切裂く甲高い悲鳴に、即座に視線を先へと投げる。刹那、

「――隊長!!」

 叫びながら駆けてきたのは、真っ青な顔のジュニー。
 彼は私達へと辿り着く前に、

「紫焔獣です!!」

「なっ……!」

 叫ばれた内容に、一瞬、頭が真っ白になった。

(紫焔獣が王城に!? どうして……!)

 国の要である王城は、常に防策隊によって清められている。
 それ故に紫焔獣が発生するなど、あり得ないはずで――。
 アベル様も同じことを考えたのだろう。驚愕に青ざめながら、

「馬鹿な! 今朝の報告でも異常がないと――っ」

 その時、ジュニーの背後に現れたのは、揺らめく紫の霧。
 ――紫焔獣!

「! ジュニーさまっ!!」

 瞬く間に獣の姿を持ったそれに、「後ろ――っ!」と声を張り上げたと同時。
 タンッと地を蹴る軽快な音と、ザンッと切り裂く重厚な斬撃。
 冷淡な面持ちで剣を振るい、紫焔獣を散らしたのは。

「ルキウス様……!」

「隊長おおお……っ!」

「わざわざジュニーを追ってくるなんて、どうやら数が多そうだね。発生源は」

「それが、わかってないんです。が、おそらくは……"人柱"ではないかと」

(人柱ですって……!?)

 魔力を持つものが精神的に堕ちることで生じる、"人柱"。
 つまり先ほどの紫焔獣も、誰かによって生み出されたモノ。