本当はずっと、心残りだった。
 一番ではなかったとはいえ、アベル様は一度心を寄せた相手。出来ることならば、恨まれていたくはなかったから。

(よかった、お許しいただけるのね)

 安堵と感謝に微笑んだ私に、アベル様は一瞬、面食らったようにしてから、

「……マリエッタ嬢。疲れたのなら、休憩室とは別の部屋を用意させよう」

「え?」

「用意させた部屋には他の令嬢もいるはずだ。他の目がないほうが、ゆっくり休めるだろう」

(それはもちろん、一人のほうが気が楽だけれども)

 アベル様は優しい。
 ずっと気に病んでいた私を気遣って、このような提案をしてくれたのだろう。けれど。
 私は淑女の微笑みをうかべ、

「お気遣いありがとうございます、アベル様。ですが私だけご配慮いただくわけにはいきませんわ」

「なぜだ」

「アベル様を慕い集ったご令嬢の方々に知られてしまいましたら、羨まれてしまいますもの」

 ここにはアベル様に見初められようと必死なご令嬢方が集まっている。
 アベル様はただ親切心から気遣ってくれただけにすぎなくとも、私が"特別扱い"されているなど知られたら……。
 それこそあることないこと噂され、私も、アベル様も。そしてルキウスにも、迷惑がかかるに違いない。

(私も大人になったものね)

 恋は盲目というけれど、たしかにアベル様を想っていた時の私は、どこか冷静さを欠いていた。

(手遅れになる前に気づけてよかったわ)

「アベル様とお話しましたら、元気がでましたわ。会場に戻ります。アベル様もお戻りくださいな。お待ちのご令嬢が大勢いらっしゃいますでしょうから。……この国の未来に繋がる大事なお茶会だというのに、お手を煩わせてしまって、申し訳ございません」

 アベル様の大切な婚約者探しを、邪魔したくはない。
 深々と頭を下げ、会場に戻ろうと一歩を踏み出す。刹那、

「待ってくれ」

 はしりと手首を掴まれ、振り返る。

「アベル様?」

 見上げた先。切なく揺れ動くのは、一等級の宝石に引けを取らない、深いコバルトブルーの瞳。
 彼の薄い唇が戸惑いを振り切って開き、

「代々王家の伴侶には、聖女が選ばれることが多い。俺の母も、そうであったように。だから幼い頃から自分も父と同じように、"聖女"と結ばれる運命にあるのだと。そう、考え続けていた。……だが」