だからこそ、数多の賞賛を受けるルキウスの婚約者として、相応しい令嬢にならなければと、必死に自身を磨き続けていた。

 意地と義務と矜持と。
 諦めをもって、彼の背を追いかけ続けていたのに。

(愛というのは、よくわからないものね)

 アベル様に抱いた感情は、確かに恋だった。
 ずっと求め続けていた、激しく燃えるような、運命の。

 けれどきっと、愛ではなかった。

 私の知る、私が"そう"だと感じた愛は。
 求めるだけではない、相手を慈しみ互いに手を取り合っていける。
 深くも優しい、それでいて多分の甘さを含んだ。寛大ながらも狭量さを手放せない、複雑な感情の集合体。

(早く、ルキウスにこの気持ちを伝えなきゃ)

 あなたのことが好きだと。
 遅くなってしまったけれど、どうかこれからは私にも、同じだけの愛を返させてほしいと。

 歌が止む。
 会場中から湧き上がる拍手に合わせ、私も心からの賞賛をロザリーに贈る。

「ロザ……」

 大役を果たした彼女を労おうと、歩を踏み出した刹那。
 あっという間にロザリーは、数多のご令嬢方に囲まれてしまった。

「素晴らしい歌声でしたわ!」

「お見掛けした時からずっと、お話をしたかったのです!」

(あ……)

 そう、か。そうだった。
 エストランテはご令嬢方の憧れ。ロザリーと仲を深めたい方々がここには沢山いるわけで。
 なのにずっと私がロザリーの側にいたものだから、誰も話しかけられなかったのだろう。

(せっかくの交流を、邪魔しては駄目ね)

 ロザリーには、また後で話しかければいい。
 私はご令嬢方に囲まれるロザリーに背を向け、そっと会場から踏み出した。

(たしか、休憩室が用意されていたわよね)

 せっかく会場が盛り合ったのだもの。
 あのままひとりぼんやり立ち続けて、アベル様の不興をかっては、ロザリーに申し訳がない。

(確か、こっちだったと思うのだけれど……)

 不安な足取りで、慣れない回廊を進む。
 会場にいた関係者の誰かに、場所を聞いておけばよかった。

(そういえば、会場では一度もルキウスを見ていないわ)

 アベル様の護衛だと言っていたけれど……。
 ジュニーが会場には近づけたくなさそうにしていたから、お茶会の間は別の担当をしているのかもしれない。

(残念。仕事中のルキウスを見てみたかったのに)